Ⅰ 秘密倶楽部の拳闘士

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「ミカル! そんなガキ、踏み潰しちまえ! 負けたら承知しねえからな!」  リングの脇に立つ、いかにも極悪なマフィアのような風貌をした白い髭面のオヤジ――ミカルの主人である興行師サリュック・ダリッソーが、応援するというよりは叱りつけるように怒気を含んだ声を荒げる。 「露華っ! やっちまえ! サリュックの野郎におまえの強さを見せつけてやれっ!」  また、反対側のリング脇では、黒いつば広帽をかぶった銀色巻き毛ロングの中年男性――少女の雇い主で、やはり興行師のジャン・イルモンドも、欲深げな顔を赤らめて自らの手駒に檄を飛ばしている。 「お互い準備はいいな? それでは、紳士(ムシュー)淑女(マダム)の皆さん、お待たせいたしました……拳闘ファイト、レディぃぃぃぃ~GOっ!」  象と蟻ほども身長差のある二拳闘士がリング中央で対峙すると、レフリーが闘技場を囲む観客達の方を見回しながら、大仰な仕草で試合開始の声をあげる。 「ウオォォーッ!」  と同時に、ミカルの猛攻が即座に始まった。彼はその巨体から繰り出される重たいパンチの連打を、情け容赦なく相手の少女へと浴びせかける。 「そうだミカル! 速攻で沈めちまえ!」 「キャ~っ! ミカル最高ぉーっ!」  必死でそれを受け止め、防戦一方のように見える少女の姿に、ミカルの主人サリュックや彼のファン達からは興奮の声が次々とあがる。 「フン。素人どもめ。どいつもこいつも目が節穴のようだな……」  だが、少女を見守るジャンが嘯いた通り、それが卑裂な弱い者いじめでも、過剰な暴力でもないことは見る者が見ればすぐに知れる……少女――露華はその拳を全弾その身に受けながらも、小さな体を捌いて柳の如くすべてを受け流し、微塵もダメージを負ってはいないのだ。 「……ハァ……ハァ……ウオォッ…!」 「息ガ上がって来たネ……それじゃ、そろそろこっちモ行くネ。アチョーっ!」  さらにはちょっと変なイントネーションながらも余裕綽々な様子でそう呟くと、ミカルが疲労するのを待っていよいよ攻勢に転じる。
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