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「前髪、もっと短くしたほうが可愛いと思うよ?」
チェックする書類を受け取りながら坂下さんがクスリと笑った。
「かっかわ可愛くなんってっ!」
「あ、変なこと言ってごめんね。でも、本当にそう思ったんだ。」
「あ、ありがとうございます…。」
「はい、書類チェック終わり。」
きっとにっこり笑っているであろう坂下さんの笑顔を私は見ることができなかった。
「私はダメなやつだよぉ~!」
「まゆったら自分に自信なさすぎ~!」
高校からずっと仲がいいえみりは、こんな私が素を見せられる数少ない友達だ。
私なんかと違って、えみりは美人でスタイルもよくて性格もよくって…。
「えみりになりたい…私は生まれ変わったらえみりになるわ。」
「まゆは極端だねぇ。まぁでも、私もその坂下さん?って人の意見に賛成!」
「えぇ?」
えみりの細くて白い手がスッと伸びる。
「これ!このうっとおしい前髪どうにかならないの?」
そう、私の前髪はとても長い。
あまりにも長すぎるもんだから『前見えてるの?』なんて言われることも多々ある。
でもこれにはちゃんとした理由があるんです。
「そんなツルツルおでこのえみりには私の気持ちなんてわかんないよぉ~!」
「えー?あ、もしかして!」
おりゃ!なんて言って、えみりが私の鉄壁前髪をペロンとめくった。
「ちょっ!だめーっ!」
「あ~りゃりゃ、なるほどこれは確かに大変だわ。」
前髪の分厚いカーテンを開けるとそこは…。
ニキビ、ニキビ、これまたニキビ!
ニキビの大草原が広がっているのである…。
こんな醜いものを人さまに見せるわけにはいかない。
そんな苦肉の策がこの鉄壁前髪なのです。
「ちゃんと手入れしてるの?」
「うん、フツーに化粧水つけてー。」
一通りのお手入れの手順を説明すると、えみりは腕組みをしてうなり始めてしまった。
え、何か変なこと言ったかな?
いたって普通のやり方だと思うんだけど。
「ふむ、この事件なんとなく見えてきましたよ。」
「なんて?」
いつの間に探偵になったのやら。
名探偵えみりの推理やいかに…!?
「まゆさん、あなたスキンケアが合ってないのでは?」
「え?」
化粧水が合ってない?
「でも今使ってるのはえみりが使ってるって言ってたやつで…。」
「もーダメダメ!まゆはきっとニキビができやすい体質なのね!私はそもそも乾燥肌でニキビはほとんどできないし。そんな人と同じものを使ったって合うわけがないじゃない!」
そんな…自分なりにいろいろ考えてお手入れはちゃんとしてたのに…。
「やっぱ生まれ変わるしかない…。」
勢いよくテーブルに突っ伏したおかげでおでこをぶつけてしまった。
痛い、あ…なんか泣けてきた。
「うん、生まれ変わろうよ!」
「へ?」
えみりの少しひんやりした手が私の両頬を優しく包む。
「まゆに合うスキンケア用品、ちゃんと探そう!」
「えみり…。」
居酒屋の真ん中で私は生まれ変わる決心をしたのだった。
そして数か月後…。
「坂下さん、これチェックお願いします!」
「はい、って…岡野さん?」
今までは長い前髪であまり見えてなかった坂下さんの顔。
その表情までもがこんなにクリアに見える。
変かな…でも、私は生まれ変わったんだ!
「前髪…切ったんだね!」
「は、はい!へ、変ですかねやっぱり…。」
「いや!そんなことないむしろ…」
あのときはちゃんと見ることができなかったけど。
にっこり笑って坂下さんはこう言った。
「とってもキレイになったよ。」
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