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針金のハンガー
文春の記者をしていたYさん。男性80代。
Y さんは、アルツハイマー型認知症でした。
鎌倉に持ち家がありましたが、奥様に先立たれ、一人暮らしを心配した娘さんがサービス付き高齢者住宅へ入居の手続きをしました。
ジーンズにユニクロの赤いフリースを着ているお洒落な男性でした。
喫煙者だった彼と職員の私は、喫煙所で彼の話を良く聞いていました。
「僕は、文春の記者をしていてね。僕は文系だったけど、妻は理系で薬剤師だったんだ。彼女を僕は尊敬している。」
毎回毎回、同じ話を繰り返していました。
喫煙所は施設の外にあります。私以外の職員は喫煙者がいなかったので、Yさんの話を繰り返し聞いていました。
私にとって、その施設は2社目のM社のA施設でした。
各個室に、キッチンとお風呂、別にトイレがあるM社の中では高い家賃の施設でした。
家賃が高い為に入居者が埋まらず、だんだんと介護度の高い方が入居して来ました。
せっかくキッチンとお風呂が付いていても、使えない寝たきりの方が多くなりました。
コール対応や、排泄(オムツ交換)、三度の食事の度に、2階から4階の居室から1階のレストランへの移動介助を行います。
それ以外に、訪問介護で各個室に掃除、洗濯や、入浴介助等を行う為に、スタッフは走り回っていました。
帰宅願望が強かったYさんの話を聞いてあげられる時間もなかったと思います。
M社の社員だった私は、1月にO施設へと移動になりました。
4月の本社研修の時に、私の代わりにA施設へ移動になったスタッフと会いました。
私は彼女に、利用者様の名前を言って、
「あの方は元気?あの方は?」
と、聞いていました。
利用者様の事が移動した後も、気になっていたからです。
Y さんの事を聞いて驚きました。
鎌倉の自宅を売却した次の日に、亡くなりました。
居室の針金のハンガーで首吊り自殺をしたそうです。
同じ話を繰り返すYさんは、他の利用者様とも上手くいかず、忙しいスタッフに話を聞いてもらえず、孤独だったと思います。
自宅を売却して安心したYさんは、奥様の所へ自ら逝きました。
娘さんは、施設やスタッフを責める事もしませんでした。
他の利用者様には、Yさんは娘さんの所へ引っ越したと話をしています。
Y さんのいた420号室は、今でも空き室のままです。
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