貧乏学生とピンヒール

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 初々しい、ぴかぴかの一年生で溢れかえる大学構内に、貧乏くさい三年生が二人いた。無論、私と藤沢である。私の名誉の為に言っておくと、私自身が貧乏くさいのではない。 藤沢が、曲者揃いの私の友人の中でも右に出る者のない、究極の貧乏学生なのである。彼は親からの仕送りでギリギリの生活を送り、服装などには金をかけていない。それ故、隣にいる私さえも貧乏くさく見える。これは非常に困る。 「僕ね、アルバイトを始めるんですよ」 「嘘だろ、藤沢がアルバイトだなんて、もうすぐ人類は滅びるんじゃないか」 「失礼な、僕をなんだと思っているんですか」 こう見えて藤沢は繊細なので、私が彼のことを貧乏神だと思っていることは伏せておいた。私は紳士的な人間なのだ。 「何のバイト?」 「家庭教師です、高校生の」 「その身なりで家庭教師?お前正気かよ」 「大丈夫、僕も穴が開いていない服の一つや二つ、持ってますから」 「嘘くせぇ」 藤沢のTシャツの裾は擦り切れ、ジーンズはダメージジーンズと化し、靴下の親指の部分には大きな穴が開いている。しかも、一日三食欠かさずインスタントラーメンを食べているため、顔色は月のように青い。こんな家庭教師が家庭に来ても、親からの信頼を得るどころか気味悪がられるだろう。 「なぁ藤沢、いいこと教えてやろうか、服を買い換えて散髪に行け。髭も毎日剃れ。服は安いのでもなんでもいい、なんなら金は出してやる」 「そんな、悪いですよ。わざわざ田口さんにお金出してもらわなくても」 「今から行くぞ」 「え、待ってくださいよ」 ばたばたと荷物をまとめて追いかけてくる藤沢を見て、私は言った。 「鞄も買い換えよう、底がボロボロじゃないか」 「鞄なんて、高いじゃないですか」 「金は出してやると言っているだろう。お前ほど自堕落な生活はしていない。バイトで貯めた金があるさ」 藤沢は、不満そうに口を尖らせた。 「僕だって、収入がないだけで自堕落なんかではありませんよ」 「その格好じゃ望んだ収入は得られんぞ、まずは散髪だ。その間に藤沢の服を買ってきてやるから、行ってこい。男前にしてもらうんだぞ」  私は散髪代として、五千円札を握らせた。藤沢はため息をついた。 「田口さんは、男性に生まれていたらモテモテでしょうね。お人好しすぎませんか」 「そうか?お前も、もし女だったらその女々しさが許されるんじゃないか?」  藤沢は、てへ、と笑った。貧乏神が笑うと不気味なもんである。 「じゃあな」  私はピンヒールの音を立てながらその場を去った。向かう先は大型のショッピングモールだ。きっと、貧乏神に似合う服も見つかるだろう。
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