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私と藤沢が出会ったのは、一年生の夏である。今よりは貧乏くさくなかった藤沢は情けないことに、不良少年にカツアゲされていた。
「お金はないです、本当に」
「持ってんだろうがよ、出せよぉ、ぶっ飛ばすぞ」
酔っ払ったような口調の少年に脅されてぶるぶる震える様子はまるで、ひ弱な女の子だった。
「本当に、無いんですってば」
「あぁ?出せっつってんだろ」
不意に、藤沢と目が合ってしまった。助けてくれと縋るような目をしていた。自分の足に目を落とす。いつも通り、9㎝のピンヒールだ。武器にはなるが、走りにくいし、履いたまま戦うのは不利だ。
「お願いします、僕からは何も出ません、強いていうなら埃くらいしか」
「ボサボサ言ってねぇでさっさと出せよ!」
仕方がない、なんとかしてやるか。私の靴は、こんなときもカツカツと気持ちのいい音を立てる。
「やあ、楽しそうだな。私も混ぜろよ」
「あ?お前誰だよ、正義の味方気取りかよ」
「残念ながら」
私は笑う。
「悪と戦うのは正義じゃなくて、それもまた別の悪なんだ。つまり、君を殴っても私は正義のヒーローにはなれない」
言いながら、靴を脱いだ私を見て少年は呆気にとられた顔をした。阿呆面の少年に、私は大外刈りをきめた。柔道は中学以来やっていなかったが、意外と体が覚えている。
ごろんと地べたに転がった少年は、アスファルトの熱に焼かれてのた打ち回り、這うようにして逃げた。なかなかに哀れで滑稽だった。
「あ、ありがとうございました、あなたは正義のヒーローです」
「悪の親玉かもしれない」
「僕にとっては、正義のヒーローです」
靴に足を入れながら私は笑った。裸足でアスファルトに立ったものだから、足の裏がひりひりする。その痛みさえ、少し愉快だ。
「この後お茶でもどうですか、なんて言えたらいいんですけど、お金がなくて」
「こんなやつを狙うなんて、あの不良は見る目がないな」
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