「ごめんね」

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「ごめんね」

それから1カ月くらいして、ジョーイが亡くなった。よく頑張ったと思う。宣告された余命より随分、長かった。 ジョーイはノアの誕生日にビデオメッセージを残していた。彼が18歳になるまでの分を用意したという。凜に残したかどうかは僕は知らない。 ジョーイの告別式で久しぶりにスチュアート家の人々と会うことになった。 彼らには僕も良い思い出がない。凜との結婚に反対だった彼らは、ノアをその腕に抱こうともしなかった。ノアはまだ生まれて3カ月しかたっていない。ジョーイの心残りを想う。でも、ジョーイにとっては凛と同じくらい大切な宝物。それを手に出来たジョーイの晩年は生涯の中でも多分一番幸せだったと思う。 ノアは生まれた時から面倒をみているせいか、僕に抱かれても、ほとんどぐずることはない。葬儀の間も安心したように眠っていた。スチュアート家の人々は凛に慰めの言葉をかけることもしなかった。あんな大人になるくらいなら、僕は今の子供のままでもいいとさえ思う。 凜のそばに凜の友達だという『アイリ』という女性がずっと付き添っていた。凜を抱きしめるように、そばにいる。ジョーイと凜の結婚式にも参加していた男好きするキレイ系の女性。凜とは雰囲気がまるで違う。ちょっと近過ぎる感じがしないでもないけど。出来るなら、僕が彼女と替わりたいぐらいなのに。彼女と何度か目が合ったような気がしたけど、彼女の方から僕に声をかけてくることはなかった。僕も声をかけなかったけど。 凜は葬儀から間もなく、心労のためか一度、倒れたことがあった。 「ここは思い出があり過ぎて」 彼女はそう言って、日本に帰ることを決めてしまった。 「マシューにも負担をかけ過ぎちゃうから」 僕はまだ13歳で凜とノアを支えるには、あまりにも未熟だった。 僕は反対してみたけど、凜は『ごめんね』って日本語で何度も言った。 だから、僕の初めて覚えた日本語は「ごめんね」。
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