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「花と吸水」
あの頃の私たちは、水とポテトフライでいくらでも話ができた。互いに小遣いが少ないからって、店員さんに「ポテトと、お水ください」ってお願いして。
同じクラスだった彼女は口が達者で、いつも誰かしらの愚痴を語り続けていた。時にはひどい言葉も使って、子どもが考え得る最大の残虐な殺人方法の話までヒートアップすることも。
思春期を迎えても学生を卒業しても、私たちは変わらず一緒にいた。彼女は可愛いんだから彼氏の一人や二人いたはずだろうに、時間を合わせてくれる密度は全く変わらない。
語る愚痴もずっと変わらず、成長したのは水からアイスティーになったのと、よりグロテスクさが増した残虐なトークだけ。
「ふふ、今日もひっどい。本当に変わらないよね」
「え?あたし?」
「うん、昔からずっと他人のひどいこと言ってる」
「本当はひどいって思ってないくせに」
ふふ、と思わず笑い合う。
「昔と言えば…だいぶ薄くなったね、この痕も」
彼女が私の額に残る傷跡をのぞき込む。
水で語り合っていたあの頃、私がいじめられて顔に頑丈な筆箱を投げられたときにできたものだ。額が切れて血がダラダラと流れても、怖くて何も言い返す勇気のなかった私の代わりに彼女が戦ってくれた。
そのせいで一緒にいじめられてしまったしばらくの時期も、次第に強気な彼女をおそれて標的が私ひとりに戻ったあとも、いつだって代わりに戦ってくれた。
放課後に水とポテトで語った彼女の残酷な愚痴。あれはいじめっこたちがその場にいなくとも何も言えない私の代わりに、彼女が声に出して発散してくれているというものだった。彼女が勝手に始めたことではあったが、私が考えるよりもずっと爽快なテンポで空想の仕返しをしてくれるのが大好きだった。
「ほんとよかった。社会人になっても残ったらどうしようって心配してたんだよー」
「まるで自分のことのように心配してくれてありがと」
「うん。…ねぇあのさ、そろそろ前に進んでもよくない?」
見ると、彼女は頬杖をついて拗ねたように口を尖らせていた。相変わらずどんな表情をしても綺麗で可愛いなぁ、と思ったがその言葉の意味が分からない。
春から就職し、新しい環境では人間関係に恵まれてとても落ち着いているということは彼女も十分知っているのに、これ以上何を進めるというのか。
「進むって、何…?」
私が聞くと、彼女は少し呆れたように、しかし「そんなことだって想定済みだよ」と言いたげに小さく笑った。
覗き込んでいた私の額にそっと手を触れ、そのまま細くて美しい指を頬まで滑らせた。
「あたしたちが、だよ」
「へ…?」
困ったように少し眉を下げる彼女の微笑みに、突然脳みそが宙に浮いたような感覚に陥った。周囲の音が聞こえなくなり、何故だか視線は彼女から外せない。
いつだってそばにいた彼女、守ってくれた彼女。強気な彼女。
可愛い、彼女。
「………あ、の」
「待って」
私が声にならない声をかすかに漏らした瞬間、彼女はそれを阻んだ。
「昔からずっとあたしが代わりになんでも言ってきてあげたんだからさ、大事なところも仕方ないから代わりに言ってあげるよ」
彼女は自慢げにそう言うとニッコリ笑う。そして私が出しそうもない明るく弾んだ透き通った声を響かせたのだ。
「うん、進んじゃおっか!」
最後まで結局何も言えないままの私の真っ赤な頬に、彼女がふわりとキスをした。恥ずかしさに負けて抱き付くと、高校2年の修学旅行先で私が珍しく足を止め、珍しく自ら手に取り何度も嗅いでいた香水の香りが、した。
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