2・阿頼耶識の恐怖

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「私も見てみたかったですね。で、それを売ってしまったと。もちろんうっかりではなく、意図的に、ですね」  にやりと、意地の悪い笑みが亮翔の口元に浮かぶ。その笑顔はマジでおっかないよと、千鶴は注意したくなる。 「わ、私としても売るつもりは全くなかったのですが、その、現金で」 「なるほど。キャッシュでその場で支払われたことが魅力だったわけですか。しかし、この旅館は雑誌に取り上げられるほど好調ですよね。どうしてまた、お金に惑わされるようなことになったのでしょう」  青ざめる直義に亮翔は追及の手を緩めない。敵に回すと最悪のタイプだ。千鶴はムカついても怒らせないように注意しようと心に誓う。が、もちろん舌打ち事件を許したわけではない。いつかは仕返ししてやる。 「その、確かに客足は好調ですが、旅館業とはとかくお金の掛かる商売でして、特にお風呂は気を遣います。露天風呂のメンテナンスに少しお金が欲しくて」 「ははあ」 「しかし、無理して借金などすると、のちのち自分の首を絞めかねない。それが頭を過っていた時に、あの砧青磁を売却してくれないかと」 「もう。そんな心配しなくても、私がちゃんとやってあげるわよ。どうして大事なものを露天風呂のメンテナンスのために売っちゃうの?」
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