きいてるよ、ヒビキくん!

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「...いつも以上に疲れた」 定時に仕事が終わり周りも次々帰っていく中、私も帰り支度を進める。 しかし昼休みに改めて自分の失恋に向き合ったのも相まってか疲労で帰ることさえ億劫になっていた。 どこかで1人で呑んで帰ろうかなぁ と世のサラリーマンのような思い付きが脳裏を過った時、スマートフォンの画面が受信メッセージで光った。 ふと差出人を見ると昼休みに失恋という名のネタを提供したばかりの後輩だった。 今日飲みに行きましょうよ 嫌な予感というか、絶対昼休みの話を穿り返されるのが目に見えているがこの際、提供したネタで盛大に盛り上がってやろうと吹っ切れた私は「会社の近くの居酒屋集合」とだけ返信をして席を立った。 「そんなことで凹んでるんですか」 「ちょっとは優しくして、泣くぞ」 居酒屋に入り、2人でビールを頼んだ直後に待ってましたのノリで例の話題はきた。お通しのポテトサラダをつまみながら同僚にも話した失恋話をそのまま後輩ヒビキくんにもしたが傷心中の私を慰める気は毛頭ないらしい。 「そもそもですよ、相手に彼女出来ちゃったんならしょうがないですし邪魔する気はないんでしょう?」 「当たり前なこと言わないで、君は私をドラマの中にいるような悪役にでも仕立てるつもりなの」 「まさか、冗談じゃない。先輩が悪役になったら僕が悪役の後輩役になっちゃうじゃないですか勘弁してください」 「え、これツッコむところ?」 側から見れば彼の態度は中々に辛辣と思われがちだがこの感じが彼なりの気遣いであるのはなんとなく分かっている。 「まぁ僕的にはその恋の魔法とやらが結果的に先輩をキレイにしたなら寧ろ良い収穫だと思いますけどねぇ」 「例え話だけど豊作で野菜が沢山獲れたとしても消費者がいなきゃ野菜は腐るだけでしょ」 「例え話が俊逸ですね、でも先輩は野菜じゃないじゃないですか。仮に失恋相手と上手くいかなくてもそのキレイが次の出逢いですごい武器になるかもしれないのに...あ、先輩って唐揚げにはレモンかける派ですよね?このままレモン絞ってもいいですか?」 「え、あ、うん。お願いします」 注文した唐揚げにレモンを絞りながら淡々と話を続ける後輩。そして何も言わず私の取皿にレモンのかかった唐揚げを2個取り分けた。 女として何か負けたような気もするが只々取り分けてもらった唐揚げの皿を受け取る。 「私唐揚げにレモンかける派って言ったことあった?」 「言われたことはないですが前の会社の飲み会で自分のお皿の上で先輩が必死に唐揚げにレモン絞ってる姿見てたんで覚えてました」 「なにそれ恥ずかしい」 「レモン絞った後、レモンの果汁がささくれに染みたって大騒ぎしてたじゃないですか」 「ねぇ本当に恥ずかしい...というかヒビキくん私とまぁまぁ席離れてたよね?」 「あんな動きも大きければ嫌でも目に入っちゃいますよ。でも面白かったですよ、大道芸人みたいで」 そうやってケラケラ笑いながらビールを飲む彼はいたずらな小学生のようで少し可愛いなと思う。口が滑っても言わないが。 「せっかくキレイになっても所作が綺麗じゃないのは勿体ないですねぇ」 前言撤回 こんな男を少しでも可愛いと思った私を引っ叩きたい。 「ヒビキくんは私を褒めて落とす業務内容で誰かに雇われているんですか」 「そんな仕事あったとして絶対に労働しませんし一体誰の為になるっていうんですか」 「まぁ確かに...、じゃなくて!!ちょっとくらい励ましてくれたっていいじゃないか弄られる覚悟で飲みに来たけども!!」 「僕と飲みに行くのにそんな武士並みの覚悟で来たんですか失礼ですね」 普通に心配してるのになぁと本心で思ってるかはよく分からない言葉をポツリと呟くヒビキくん。 彼のからかい癖のせいでこういう普通の女子が言われて嬉しいような言葉も全て何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう私は本当に可愛くない。 「そもそもヒビキくん、キレイになったって言ってくれるけど私のどこを見てそう思ったのか300字以内で答えなさい」 「え、何の試験?」 と言いつつも、そうだなぁとまじまじ私の顔を見つめるヒビキくん。改めて見つめられると結構恥ずかしくて壁に書いてあるメニュー表に目を逸らす。 「まぁ元々キレイではありましたけど...」 「お金は持ってません」 「どういう脳みそしてんですか、僕が褒めたら何か疑うのやめてもらっていいですか」 疑いの態度を出しすぎたせいかムッと口をへの字にしてしまった。言われてみれば確かに某アイドルグループのセンターに似てなくもないなぁと整った顔が少し歪んだのを見て思う。 「肌....ですかね」 「肌?」 「キレイになったの、1番は肌だと思います」 正直驚いてしまった。 実はスキンケアは結構意識的に頑張った部分でもあった。
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