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運命のコンクール
目の前に整然と並んだ八十八の鍵盤を見下ろし、円城寺雪人は息を吐いた。
彼がいるのは県民文化会館のステージの上。そこに鎮座するピアノの前に座り、今しがたコンクールの課題曲を弾き終えたばかりだった。
ゆっくりと立ち上がり、観客に向けて一礼する。返ってきたのは、まばらな拍手と誰が落としたとも知れないため息だった。
唇を噛みしめ、舞台袖へ向かう。こんな反応には、もう慣れたものだった。
舞台から下がって控え室へ歩いていく途中、廊下をすれ違う人々が雪人の顔を見ては囁き合う。
「ねえ、あの人って──」
「円城寺雪人でしょ。あの『天才少年』の」
「演奏聞いた? 上手いけどさあ」
「技術はすごいよね。あの円城寺家だもんね」
「あと、顔もカッコよくない?」
「分かる〜! ピアニストより芸能界の方が向いてそう!」
雪人は聞こえなかったフリをして、控え室のドアを開ける。結果発表なんて聞くまでもない。さっさと荷物をまとめて帰ろう。
「ギャッ」
ドアを開けようとした瞬間、控え室から何かが飛び出してきて雪人にぶつかった。それは珍妙な悲鳴をあげ、ころりと床に転がる。
よくよく見ると、転がっているのは人間だった。それも同い年くらいの女の子だ。淡いピンクのふわふわしたドレスを着ていて、長い髪を後ろで一つにまとめている。痛そうに顔をしかめていたかと思うと、雪人を見上げ、両手で口を押さえた。
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