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「今日は少し肌寒いから、グラタンにでもしましょうか」
三月半ばの土曜の朝、コーヒーを淹れている玲子に、祖母が独り言のように
話しかけてくる。
そして彼女の言葉に、玲子はキッチンの小窓から外を覗いた。
どうやら霧雨が降っているらしく、外は薄っすら煙って見える。
そして、淹れたてのコーヒーと共にダイニングに入ってきた玲子に、買い出しの
メモ書きをする祖母が言った。
「今日はね、お米も買いたいからスーパーに運んでもらってちょうだい」
行きつけのスーパーは、三百円の手間賃を払うと買った荷物を運んでくれる。
「うん。じゃあ私、帰りに、ちょっと散歩してきてもいい?」
「ええ、もちろん。でも最近は、よく散歩に出るわね」
確かに子供の頃から、誘われでもしなければ外に出ない玲子としては珍しい事
だろう。
「少し前にね、フラッと市民公園に行ったら懐かしくなって。
それに、そろそろ花壇のお花も咲き始めたしね」
「そう言えば、昔は、よくお祖父ちゃんと散歩に行ってたわね。
あそこは、お祖父ちゃんのお気に入りの散歩コースだったから」
うん。
声で頷きながら、玲子は暖かいコーヒーをそっとすする。
「じゃあ、暖かくして行きなさい。雨も降ってるから」
はい。
極、ふつうの土曜の朝の会話。
そしてこの時の玲子も、この日が特別の日になろうとは思ってもいなかった。
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