28人が本棚に入れています
本棚に追加
今日の俺は過去最高の集中力で、溜まりに溜まったタスクをサクッと片付け、瀬名さんの仕事もちょっとヘルプで入った後、会社のエレベーター横の給湯室に身を隠していた。
「さ、く、まっ」
小声で呼ばれて、顔を上げる。
「うお、瀬名さんっ」
楊貴妃かと思った。
「うおっ、て何よ。ほら、月子出たから後追うわよ」
「待ってましたぁ!」
給湯室から脱出し、瀬名さんの隣に並ぶ。
手足がモデルのようにスラッと長い瀬名さんの隣を歩くのは、気後れしてしまうけれど。
まぁ、瀬名さんから見れば俺なんてダンゴムシレベルだろうし、ここは有り難くこの機会を楽しもう。
「あ、佐久間。もしどこか食事に入ったら、佐久間の奢りで宜しくね」
「え、なんでですか?」
「まさかデートで割り勘させる気?」
「これデートなんすか?」
「その方が楽しめるでしょ?」
ふふっと妖艶な笑みを浮かべて、手慣れた様子で腕を絡めてくる瀬名さん。
スズラン女子ではないけれど、瀬名さんからはスズランのような清楚な香りがふわりと漂った。
いや、これさ。
めちゃくちゃ嬉しい。嬉しいんだけど……
瀬名さんに猛アプローチしてる鈴村ディレクターに見つかったら、ペーペーの俺の首なんて一瞬で飛ぶ気がするんですけど。
些か将来の危機を感じつつも、右隣の美女の温もりに心は弾んでしまう。
さらに好奇心旺盛な俺の心は、五十メートル先を機嫌よくスキップする月子さんに釘付けだ。
「めっちゃご機嫌ですね、月子さん」
「これは間違いなく、年上のいい男だね。しかもそこそこ地位のある人かしら」
「あぁ、確かに。月子さんって冒険しないというか、いつも石橋叩いて渡るタイプですもんね。年下も眼中に無いって言ってましたし」
「まぁ、身近な年下が佐久間みたいだと、余計ねぇ」
「どういう意味っすか!」
「あ、月子が立ち止まったから隠れて!」
交差点で立ち止まり、電話をかける月子さんから少し離れたビルの影で、探偵よろしく身を隠す俺と瀬名さん。
傍目から見ると、怪しすぎる。
こんな美女と腕を組んで、女性を監視してるとか、どんなプレイだ。
「嘘でしょ……」
不意に、横から瀬名さんが震えた声をあげる。
俺はてっきり、明日月子さんの顔を見るなり今夜の事を思い出して笑い転げてしまうような、そんな素敵で笑える展開を、
「え……思ってたんと違う……」
予想したかった。
最初のコメントを投稿しよう!