恋色は何色

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 洗濯を干し終わって、二人で縁側に座る。少しの間は、何気ない雑談をしていたけれど、(コウ)さんはいつもより落ち着きがなく、声が高いような気がした。会話が途切れた時、「瑠璃(ルリ)ちゃん」と、なぜか胡乱(うろん)な声で私を呼ぶ。私は彼女の顔を見る。コウさんは、声のまんまの顔をして、俯きがちにしていた。 「ルリちゃんさあ、滝田(たきた)さんと恋仲なの?」 「……はい?」 一瞬さっぱり分からなくて、コウさんの声が三回も四回も頭をぐるぐる回った。滝田さんって、青志(アオシ)のことだよな……私は思いもよらぬ質問に戸惑いつつ答えた。どっからどう見たら、私とアオシが恋仲に見えるのか。  「違います」  「そっか……」  渋ってなかなか言葉にできないようだったコウさん。私は代弁するように、声を被せた。「アオシのこと、好きなんですか?」と……  ――沈黙が、全力疾走で駆け抜けていった。返事が帰ってこない。目の前で顔を朝焼けの様に染めたコウさんは、焦った態度のまま、顔を手で覆った。駆け抜けた沈黙の残像が、この春一番の風を二人の間に吹かせた。ようやくコウさんは、コクリと頷く。  「……ルリちゃんと恋敵になるのは御免被りたいと思って話したんだけど、よく考えたらその心配はないか」   「どういう事ですか?」と聞くと「そのまんまさ」と乱れた髪を撫で付けた。  「私ね、ちゃんと伝えようと思うんだ」  コウさんは前を向いていた。私に話しているのか、自分に話しているのか分からないけれど、私にそんなことを聞かせてくれることが、ちょっぴり嬉しかった。信頼されている気がして、コウさんは私以外に話さない様な気がして、少しだけ鼻が高かった。  「前さ、ルリちゃん、武士になりたいっていっていただろう?」  私は頷く。「(ミドリ)さんたちと、みんなで武士になりたいです」と答える。コウさんは、膝に置く手を握る。  「普通はさ、馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、って思うところなんだけどね、あんたたち見てると、本当にそうなっちまいそうでさ……」  寂しそうな、悔しそうな顔をする。でもコウさんは、武士になりたいわけじゃない。「言いづれえけどよ」と前置きする。  「あん時言っておけばよかったって、思いたくねえんだ……だから、伝えてみる」  コウさんが、アオシに「好きだ」と言う。アオシが「(しか)り」といえば恋仲になるのか。  ……恋仲か。  互いに恋しあう間柄のことをいう。お互い思い合うだけでは駄目なのか……人には皆、欲というものがある様で、相手を思う時、相手の思いも欲しくなるらしい。相手の思いが手に入ると、次は言葉が欲しくなる。それも掌中に収めると、身体を求めるのだと聞く。  「頑張ってください」と言おうとしたのだが、コウさんは私の顔を見て笑った。何か付いているのかと、思って頬を擦ってみると、コウさんは私の手を掴んで止めた。すると袖口から小刀がこぼれ落ちた。「それ、どうしたんですか?」と聞くと、「護身用だよ」と笑って、そそくさと元の場所に隠した。  「恋仲になれるだなんて思っちゃいねえよ。断られたら暫くは落ち込むだろうけど、なに、あんたらが武士とやらになる頃には、きっと笑い話さ」  コウさんは、なぜか晴れやかな顔をする。伝えるのに、恋仲になれなくてもいいのか……?  何のために伝えるんだ?  私はきっと、好きな相手とはずっと一緒にいたいと思う。言わないで、内にずっと秘めておけば、ずっとそのままで居られるのに…………幅を均等に干した洗濯物が、みんな一定の拍子で風に揺れるのを、私は当たり前だと思って、それが一番いいと思って眺めていた。   私は一日中、コウさんの話について考えていた。考えることもないんだろうけれど、よくわかってない自分がいた。一日中上の空で、大好きな稽古も、木刀を乗せた雑巾掛けも、身が入らなかった。
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