父の導きし先へ

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父の導きし先へ

 華奢な体つきの少女が振り下ろす刀を、歳の頃は三十後半で細身でありながらも鍛え上げられた身体の男が、身動き一つせず片手で握った刀で簡単にさばいていく。 「蒼彩(ああや)、お前は刀捌きの筋が悪くない。いや、寧ろ並の剣術使いよりも遙かに筋が良い。だが、女である事もあるが、力の面でかなり劣る」  蒼彩と呼ばれた少女は、右手に握られた腕の長さより少し長い程度の刀を、素早く振り下ろし追撃するも、それを男に簡単に受け流される。即座に切り返し左手に握る脇差しで胴を狙って突き刺すも、簡単にはじかれてしまう。 「は、はい父上」  父と呼んだその男は、足を全く動かさずに全てをやり過ごすほどの余裕があるが、少女は額に大量の汗を浮かばせ肩で息をする始末。 「凰希(おうき)、お前は隙を突きたいのならば、もっと殺気を押し殺すことを学べ。蒼彩と違い、お前は力に頼りすぎるのが悪い癖だ」  そんな二人の打ち合いの隙を突き、凰希と呼ばれた青年が男の後ろから凄まじい勢いで拳を振り下ろす。が、背後の殺気を既に感知していた男に、上半身だけをひねっただけで簡単に避けられ、凰希は均衡を崩す。 「いえ、まだです。蒼彩!」  均衡を崩しことで前倒しになった凰希は、そのまま前方に倒れ込むと同時に身体をひねり仰向けになり、天を突いて突き上げた足を男の頭上めがけて一気に振り下ろし同時に、 「はい、兄上!」  妹の蒼彩が右手の刀を父の横側、上半身めがけて振り下ろしさらに左手の脇差しを胴めがけて一線、横薙ぎに狙い撃つ。 「二人がかりでようやくか……」  父、蒼獅は、それら全ての隙をつき後方へと飛び退き、笑みを漏らす。いままで、二人がかりでも、父の足を一歩も動かすことが出来なかったのだが、今、初めてその足を動かすことが出来たのだ。 「さらに精進するがいい、凰希、蒼彩」  翼人であり天狗族の蒼獅はそう言い放つと、翼を広げ上空へと飛び立っていく。  満身創痍の二人はそれを見上げて見送ると、その場で地にへたれ込み、息を荒げていた。 「兄上、父上に私達が適う日が来るのでしょうか」  地に両の足を投げ出し、木漏れ日落ちる木々の隙間よりうっすら見える天を仰ぎ、蒼彩は言葉を漏らす。 「一人では、無理かも知れぬな。だが、二人がかりならばいつか、膝を付かせるときが来るかもしれん。それまでは父上の言うように、精進しようではないか」  一足早く立ち上がった凰希は、蒼彩の横に屈むとその頭に軽く触れ、優しい声音で囁く。それに対し蒼彩は頷き返し、笑みを浮かべるのだった。 「ねぇ、兄上。父上は何故こんな辺境に、私達をつれてやって来たの」  ある星空の広がる夜の事、妹の蒼彩は空を見上げながら唐突にそんなことを呟いていた。 「さぁな、俺が知っているのは、母上が亡くなったことで父上が突如、俺達を連れて清穏京(せいおんきょう)を出たことだけだ。お前は余りにも幼かったから、母上のことは知らぬかもしれんがな……」  妹の言葉にまだ幼かった頃の自分が、覚えていることを漏らす。いつも、床に就いていた母でありながらも、時折調子が良いときは一緒に遊んでくれた記憶。 「母上は、どんな方だったの。私なにもしらなくて……」  蒼彩は遠い日を思いながらも、肌にふれた暖かさ以外の記憶を思い返すことが出来ず、寂しそうに自らの両手を握る。 「俺が知っているのは、身体が弱くいつも床についていながらも、強気の態度は崩さず、常に前向きな姿を見せる人だった。父上はそんな母上を時に悲しそうに、時に強く支えていたと、そう感じている」  両腕を組みながら天を仰ぎ、凰希はかつて皇都(おうと)に居た幼き頃を思い出しながら、言葉をつづる。 「そう、なんだ……母上に会ってお話してみたかったな」  蒼彩は、兄の言葉に少し寂しげに座り込み地を見つめると、目を伏せた。 「だが、それと同時に何か別の思いも父は時折見せていた。それがいったい何なのかが俺にも分からぬのだが、誰かに対しての謝罪のような、罪悪感のようなものを感じることがあった」 「あの父上がですか。私にはそれを感じたことは一度もないのですが」  凰希の言葉に呆けた顔を上げると、驚きの声を漏らす。 「そらな、かなり些細なものだし、俺もほんの僅かにそんなものを感じられただけだった。随分前にその事を一度聞いたことがあるが、返答はもらえずそれ以降それを見せることもなくなったからな」 「そっか、父上がそんな姿をまざまざとさらすわけないものね。私が気づかないわけだ……」  そんな自分が情けないといったように地に座りながら膝を曲げ、両手でそれを締め付けると地面を見つめながら自虐的な笑みを見せる。 「その事を父上がいつか話してくれるのか、もしくは墓までもっていくつもりかはわからない。今俺達がやらなくてはならないのは、心身共に強くなり多くの知識を吸収すること。父上を越えることは出来無くても、期待にこたえなくてはな」
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