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「――――で?こんなとこに何か用ですか?」
なんとか服を着てもらい家の中も綺麗にリフォームした俺は改めて円形テーブルを挟んでティータイムをしていた。
「クンリって人を探してんだが」
「ああ、それは私ですね」
衝撃の事実。この頭のおかしい女性の正体がなんとあの勇者の仲間であるクンリだった!
でも前あった時いなかったよな?
「マジかよ…」
「マジです。と言っても記憶がないんですけどね」
「記憶が?」
「はい。5年前の魔王討伐の旅の途中で深手を負った私を勇者エレキは足手まといに感じたのかこの里付近に捨てたんです」
「いやめっちゃ覚えてんじゃねえか」
と言うかここに来て勇者の名を知ることが出来た。収穫だろう。
知ったところでどうってことはないけど。
「記憶がないと言うのは言い過ぎました。実際には記憶が曖昧なんですよ。自分が誰で何をしていたかはなんとなく思い出せるんですが…どこ出身だとかはさっぱり」
クンリは暗い表情で俯いた。
「まあ取り敢えず思い出せるまではこの空守の里全体を見下せる絶好のスポットであるこの家でゆっくりさせてもらってるんですけどね?」
「里なんか見たって楽しいか?」
「楽しいですよ。だってほら、なんか里を支配する領主みたいな感じで優越感があるじゃないですか」
「それただの錯覚じゃねえか!ってか趣味悪ぃ!!」
「悪趣味とは失敬な。私にはこれしかすることがないからやっているんです」
勇者に捨てられ、記憶を失い。見ず知らずの里で帰る場所すらなく退屈な日々を過ごす。
確かに想像してみると苦痛だな。
「ふぅん。じゃあお前は勇者の居場所は知らないってわけか。邪魔したな」
そう言って颯爽とこの場を去ろうとすると不意に俺の服の袖が引っ張られた。
「ちょっとそうやって去られると私がまるで役立たずのようではないですか」
「いやそう言われたって有益な情報がない以上俺もここに滞在する意味はないし…」
「もう少しゆっくりしていきませんか?この家、誰も来なくて退屈なんです」
「こんな来にくい場所に住むからだろ!?」
全て自業自得だ。俺の知ったことじゃないね。
「むぅ…それはそうですが。そもそもアナタは何故勇者を探すんですか?」
「…家に帰りたいからだよ」
嘘偽りのない事実。俺はただ家に、村に帰りたい。
欲を言えばスエナともう1度会って浮気?の真実を聞きたい。
既に吹っ切れた身だ。どんな理由だろうともう村を飛び出すことはない。
勇者を探すその理由とは勇者が唯一俺が住む村に訪れた探しやすいよそ者で、聞けば村の場所を教えてもらえるかもしれないからだ。
勇者ともなればその知名度は高く居場所もすぐ割れるだろうしな!
「勇者を探すことと家に帰ること、関係性が見当たりませんが」
「色々あるんだよ、お前が気にすることじゃないだろ?」
「いえ、少しアナタに興味を持ちました」
「出来れば持ってほしくなかったなぁ…」
絶対ろくなことがない。考えなくてもそれは分かる。
「とにかく!俺はもう行く!その手を離せ!」
「嫌です。私が満足するまでここから逃しません」
「お前が退屈とかそんなのどうでもいいから!俺は!行!く!の!」
「駄目です!」
「離せ!!これ以上お前と関わると疲れるから!!」
「それが本音ですか!?」
「ちげーよ!それもあるけど!!」
「なっ!?そ、それなら尚更離せなくなりました!」
「ちくしょう!なんだこいつ!!」
袖が千切れそうなくらいの引っ張り合い。
次第にクンリは袖だけでは飽き足らず俺の腕まで掴み始めた。
「ぐぬぬ…!そろそろ諦めろ!!」
「そっちこそ諦めたらどうですか!」
お互い目をクワッと見開きながら全身全霊のほぼ綱引き。その攻防は長く続いた。
そして、救いが現れる。
カーンカーンカーン!
里中に響き渡る鐘の音。反応したクンリが急に俺から手を離し、支えを失った俺はそのまま後ろに転ぶ。
何しやがんだこのアマ!
「ウブァッ!!」
「こんな時に空魔ですか…」
聞き慣れない単語を耳にする。
「いてて……その空魔ってのは何だ?」
「空に棲む魔物のことです。主にこの里付近の空域にしか存在しないらしいですが」
「そんなのまでいやがんのか…」
空にいる魔物なんてどうやって倒すと言うのか。
そう考えた時、不意に名も無き商人から聞いたことを思い出した。
空を守ると書いて空守。もしこの里が本当にその名通りなのだとすれば、空魔相手にも渡り合えるかもしれない。
俺には関係のないことだ。寧ろこの騒ぎの間にこの里から出れるかもしれない。
雲を突き抜けて現れる翼を持った魔物に向かって幾つかの人影が里から飛び出す。俺はそれを見て数歩後ろに退る。
そしてドンッと誰かにぶつかる。
「どこへ行くつもりですか?」
最悪なことにいつの間にか背後に回っていたクンリに捕まってしまった。笑っているつもりなんだろうが目が笑っていない。
俺を捕まえてどうしたいんだこいつ。まさか餌にしようとでも考えているのではあるまい。
「ちょっとトイレにな?」
「トイレはそこですよ」
指差しでトイレの場所を教えられる。視線を向けるとそこには範囲は狭いがそこの見えない穴が…。
「ボットン便所!?しかも外!!」
「解放感を得られます」
「プライバシーもクソもねえ!!」
「糞はありますよ」
「やかましいわ!!」
くだらない不毛な言い合いをしていると目の前に何かが降ってきた。いや、正しく言えば降りてきた。
俺達を覆う影。恐る恐る見上げ、その正体を知る。
「ウマソウナニンゲン、ミツケタ」
「ミツケタ、ミツケタ」
「クウ、ニンゲン、クウ」
「こ、こんにちは…?」
巨大な鳥の化け物が二足歩行で俺とクンリの前に3匹立ち塞がる。
思った以上のサイズにチビるかと思った。
「コンニチハ!コンニチハ!」
「コンニチハ!コンニチハ!」
「ゴチソウ、コンニチハ!!」
両翼を大きく広げて歓喜の声を上げる化け物共。
「やべぇこいつら!俺らのこと食う気満々だ!!」
「空気を食う、なんつって」
「別に上手くねえんだよ!呑気か!?」
急にボケだすクンリにツッコミを入れる。どうやら気をおかしくしてしまったらしい。
…元からか。
「ああー!クソ!なんでこんなことになってんだよ!ただ勇者探しに来ただけだろ!?」
「サワグナ、コロスゾ」
「クワレルカコロサレルカ」
「エラベ!エラベ!」
「だあーっ!!鬱陶しい!!カタコト言ってんじゃねえぞ!!」
ついに堪忍袋の緒が切れた。次回、こいつら始末する。
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