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エピソード:スエナ
◇
勇者生誕の村、ヴェクトリッヒ。«菊雉スエナ»と名を授けられた私はこの村で生まれ育った。
勇者生誕の村とは言えど、表立ちはただの農村だ。とても勇者が生まれ育つとは思えないだろう。
私も最初は同じ思いだった。けれど私は知ってしまった。
私の家が先祖代々から伝わる勇者を護る家系だと聞かされ、さらにはその勇者の家系が幼馴染兼将来を約束した聖月レイの家であることを伝えられたのだ。
当時は衝撃的過ぎて言葉も出なかったけど20歳となった今は違う。12歳頃だったか、隠れてレイが聖月家の裏にある大樹の生えた庭で木の棒を振り回しているのを見掛けた。
正直、既に12歳の子供の素振りではなかったと記憶している。
勇者の魂が宿ると言われる勇気の大樹でなければ8年続いた木の棒の打撃に耐え切れず数年もせずにへし折れてしまっていただろう。
しかも勇者に必要不可欠である勇気すらも垣間見せていた。
背の高い木に飼っていた猫が登ってしまい降りられなくなったと聞いた時も躊躇せず木に登って猫を助けたり、村内の離れた場所に住んでいる山田さんが調理中に火から目を離して火事が起こった時も、全身に水を被って叫びながら燃え盛る家に取り残された山田さんの娘を助け出したりと。
無謀な時もあったけどそれでも姿はまさしく勇者だった。
でも何故か村の長である«武田スズキ»は彼が勇者の家系であることは黙っておくようにと口止めをした。
私だけでなく、村の皆にも。
理由を問うと武田さんは魔王がいないと言うのに無駄に勇者なんだと意識してほしくない、のびのびと過ごしてほしいと答えた。
納得した私達はレイには勇者の家系のことどころか村の名すら伝えずに20歳になるまで黙ってきた。
そんな時だ。村の外で勇者が誕生したと言う噂が届いたのは。
ほぼ同時に魔王復活の噂が広まり、瞬く間に状況が一転した。
武田さんの指示で私は使うことはないだろうと思っていた菊雉家に伝わる秘伝の技«マイテーミラーズ»によって自分と何ら違わぬ実体を持つ分身を村に置き、勇者と魔王について探る為の旅に出た。
分身が得た情報は定期的に私に伝わる。2ヶ月間は何事もなく日常に変化はなかった。
私も私の方で色々探り、3つだけ分かったことがあった。
勇者が誕生したと言う場所はラスケラルド。三大国の1つでヴェクトリッヒとは大陸続きの国だ。
そしてその勇者の名はエレキ。苗字は幾ら調べても分からなかった。彼がどこから来たのかも一切、不明だ。
魔王の件だが魔王自体の姿は未だ見られてはいないようだった。ただ、急な魔物の増加で人々がそう噂し始めたところ、次第に大袈裟に伝わってしまった感じだ。
魔王の復活についてはまだ確証はない。
分身からの定期連絡によれば結婚式の日が決まったらしく、それが7日後だと知った私はそこで旅を切り上げ村へと急いだ。何故勝手に決めてしまうのか、後でこぴっどく結婚式の日を決めた奴に文句を言ってやろうか。
そんなこんなで思った以上に外の世界は広く、初めて旅なんてしたから帰るのに手間取ってついに9日が経った。結婚式はもう終わっているだろう。
山を越えればもう村と言うところまで辿り着いていた私は、2日前から分身からの情報が入ってこないのを不思議に思って最終手段である遠隔操作を使い、分身の体に憑依してみた。
するとなんたることか。分身の私は最愛のレイをそっちのけに一糸纏わぬ状態で勇者を名乗る少年エレキに奉仕していたではないか。
思い出すだけで吐き気がする。
だがそれより最悪だったのは私が分身に憑依したのと同時にレイが部屋に慌てて転がり込んで来たことだ。
私の姿を見るなり表情を酷く歪ませたレイ。勘違いだと静止するが聞く耳持たず。追いたかったがこの格好では外には出られない。
そうこうしているうちにレイは家に帰らず村の外へ飛び出して行ってしまった。まともに外へ出たことがないのに。
方向音痴なのに。
無我夢中だったんだろう。私もレイの立場なら同じことをする筈だ。
後で調べてみたところ、分身を含めた村の皆は記憶改竄を受けていた。勇者はレイと分かっていた筈なのにすんなりとエレキのことを勇者だと受け入れてしまっていたり、分身に関してはレイとの記憶がエレキと書き換えられていたりするところを見ると明らかだ。
そしてそれを行ったのは恐らくエレキだろう。
これだけでも許し難いことだが何より許せないのが私とレイの仲を引き裂いたこと。
あれから5年、魔王も倒され世界は平和になったがエレキの姿もレイの姿もまだ見ていない。平和になったと言えど村から遠く離れればそこはもう魔物が闊歩する恐ろしい世界。
出来る限りの場所は探してみたがそれでもレイは見当たらなかった。魔物の餌になったかどこかで隠れ潜んでいるのか、それは分からない。
今でも私はレイのことを探し続けている。村を離れて早5年、変わってしまったこともあるがレイは私だと気付いてくれるだろうか?
「ふぅ…休憩も終わり。そろそろ行こう」
私は自身の武器を携え、再びレイを探す旅を続ける。この丘から見える世界のどこかにレイはいる筈。
「待っててね」
すぐに迎えに行くから。
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