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プロローグ
◇
俺は幸せだった。
結婚間際の幼馴染みと魔物に襲われる危険性のない村で平穏な日々を送って一生を終える。
物心付く前に両親が他界している俺にとってそれだけが生きがいだった。
そして明日はいよいよ俺と幼馴染、«スエナ»の結婚式。お互い明日が楽しみでそわそわしていた時だ。
突然、村に勇者を名乗る少年が訪れた。2人の可愛らしい女の子を引き連れ、魔王討伐の旅の途中でありその旅の疲れを癒す為に宿を貸して欲しい、と。
そのお陰で明日の結婚式が延期になってしまったのは残念だったがあの世界の光とまで謳われた勇者が村に訪れた。
それだけで村はお祭り騒ぎ。なんだかんだ俺も楽しんでしまい気付けば寝てしまっていたみたいだ。飲み過ぎたか。
目を覚ますと眠る前は隣に一緒にいたスエナの姿が見えず、探しに行こうとしたら丁度彼女が帰ってきた。暗い表情をしていたがどうしたのか尋ねても何でもないと言うからその日はそれ以上追求しないでおいた。
それが、後に俺を苦しめることになろうとは思いもせず。
翌日、村長から聞いた話では勇者は明後日までこの村に滞在するらしい。それを聞いた村中の皆は寄って集って勇者とお近付きになろうと勇者がいる宿に押し寄せた。
スエナにも行かないのかと冗談混じりに聞いたところ、俺がいるし勇者にも興味無いと返ってきて照れてしまった。
その日の晩、夜中にスエナが家を出た。一瞬嫌な想像をしてしまったが昼間の言葉を思い出しすぐにそんな想像は消え失せた。
夜風を浴びに行ったのだろうと思い俺はそのまま眠る。
そして朝。俺にとっての地獄が始まる。
目を覚ましてみればスエナの姿がないではないか。俺が知る限りではスエナは朝に弱い。そんなスエナがこんな早起きする筈がない。
俺は昨夜のことを思い出し、気付いた時には勇者が泊まっている宿へ駆け出していた。
慌てて勇者がいる部屋の扉を開け放つと、そこには裸でベッドに横たわる勇者と、その勇者へ奉仕をする勇者の仲間2人、そして同じく奉仕をする衣服を纏わない裸のスエナの姿があった。
俺ですらまだ見たことのないスエナの淫らな姿。結婚初夜まで大事に取っておくと言っていたスエナの貞操。未だ見たことがないスエナのえっちな表情。
その全てを、ぽっと出の勇者に奪われてしまった。2日にして、生まれた頃から一緒だった婚約者であるスエナを、奪われてしまった。
俺は絶望し、その場から逃げ出した。俺に気付いたスエナが慌てて静止の言葉を投げ掛けてきたが俺は止まらなかった。
止まるわけにはいかなかった。こんな情けなくぐしゃぐしゃになった顔を見せるわけにはいかなかった。今のこんな気持ちで、スエナと顔を合わせられるとは思えなかった。
だから、俺は走った。家ではなく、村の外へ。
息が切れ、足がもつれても、止まらず走り続けた。
周りの変わりゆく景色なんて気にも向けずただただ走り続けた。
誰にも触れられることのない場所へ。
誰からも隔絶された場所を目指して。
何度か休憩したかもしれない。けれどそれでも俺は戻ることはしなかった。
今まで積み上げてきた思い出が、記憶が、次々と砕けていく。
心が凍っていく。涙も枯れた。もう何も考えられない。
そんな状態の俺は、とうとう足下の大きく空いた穴にも気付かず落ちてしまった。
中は暗く、何も見えない。落ちても落ちても足場に辿り着けない。
それが長く続くと次第に空間が幻想的なものへと変わっていった。暗さは相変わらずだが空間の中央は光に満ちている。いつの間にか落下も止まり、見えない足場に立っていた。
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