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どうしよう。
牛肉のワイン煮込みがおいしい。ほろりほろりと口の中で溶けてゆく。
「紗衣ちゃん、おいしい?」
薫の幼馴染みに訊かれ、紗衣は大きく頷いてしまった。
「紗衣ちゃん、可愛いね。少食を気取っている女より、おいしそうな顔をしていっぱい食べる子の方が、印象が良いよ」
可愛い。その言葉が、紗衣の無駄に大きな胸を掻く。
「もしかして、“可愛い”って、あんまり言われたくなかった?」
紗衣は口元をハンカチで隠し、首を横に振る。
「いえ、そういうわけではないです」
まだ口の中においしい肉が残っている。
「私は本当に可愛いのかな、と思ってしまって」
「可愛いよ! ちょっと幼い顔をしているけど、立ち振る舞いが大人の女性って感じだよね。厳しく躾けられたのかな。でも、人間味というか、親しみというか、個性が“可愛い”んだよ」
そう言われ、紗衣は返す言葉が思いつかない。
そのうち、写真撮影の時間となり、紗衣も人の流れに乗せられて新郎新婦のいる壇上にのぼってしまう。
「ほら、お紗衣。新婦の隣に行きなさいよ」
薫に押され、紗衣は新婦の隣に押しやられる。
「先輩」
カラードレスで美しく決めた新婦が紗衣に気づき、「久しぶり!」と声をかけてくれた。
「鈴村さん、来てくれてありがとう!」
クラーク時代、髪をひっつめて険しい表情で仕事をしていたその人は、紗衣も見たことがないほど穏やかで明るい表情をしている。
きっと今は幸せなのだろう。
「先輩、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとね。どうしても鈴村さんは呼びたくて、特に“お仲間”もいないのに声がけしちゃった。ごめんね」
「でも、来てみたら、知り合いがいたんです」
そうよ、と会話に割り込むのは、薫だ。
「あんた、お紗衣になんてことをしてくれたの。お紗衣が寂しがって泣いちゃうでしょう」
「薫ちゃん? スーツ姿、チャラいね。ホストかよ」
新婦が突っ込みを入れた瞬間、カメラのシャッターが切られた。
もう一度、撮り直し。
写真撮影の後は、しばしの歓談タイム。
ビュッフェは、料理からスイーツに変わりつつある。
「紗衣ちゃん、ガトーショコラもおいしいよ」
「紗衣ちゃん、連絡先交換しよう? 今度、ランチ行こうよ」
女性陣から話を振られ、紗衣は戸惑う。今の職場でも、最初から話しかけられたが、それまでは構ってもらえることがなかった。最初の職場でも、学生時代のアルバイトでも。
「お紗衣」
ソフトドリンクのグラスを持つ薫に、話しかけられる。
「これが世間の評価よ」
薫は、自分の額に落ちた髪をかき上げ、片目をつむる。
「お紗衣が充分素敵で可愛い人だと、認められているのよ」
薫ちゃん酔ってんの、と誰かが茶々を入れる。
そのうち、ビンゴ大会が始まった。
紗衣にとっては、育生会のクリスマス会以来13年ぶりとなる。そういうイベントには疎い。
ビンゴゲームの憎いところは、最初に数字が当たりやすい人は最後の方で苦戦するところだ。
紗衣も、そのどつぼに嵌まってしまった。何分やっているのかわからないけれど、ダブルリーチから進まない。13年前も、確かダブルリーチから進まなかった。その間にも、ビンゴになった人が壇上に上がり、景品を手にしてゆく。
だいぶあがりの人が増えている。その中に、彼の姿もあった。
あの人イケメンだね、と色めき立つ女性が数名いた。
彼は、テーマパークのペアチケットをゲットした。司会者から自己紹介を促され、「新郎の学生時代の後輩です」と手短に自己紹介を済ませる。紗衣の知る、表向きの彼らしい。
チケットを使う予定はありますか、と司会者から訊ねられ、彼は顎を引いて深く頷いた。
「気持ちを伝えたい人がいます。その人に渡したいです」
会場が、沸く。そのざわめきが、話の先を促す。
「相手は、素敵な女性です。でも、可愛らしいところもあります。そんな彼女に、ずっと自分の気持ちを曖昧にしてしまったんです。彼女にきちんと謝り、正直に気持ちを伝え、正式におつき合いを申し出るつもりです」
その人はこの会場にいますか、と司会者に訊ねられ、彼は肯定した。
「この場とお時間をお借りして、告白してもよろしいでしょうか?」
彼の目が、離れた位置にいる紗衣を捉えている。一歩下がった紗衣を、薫が止めた。逃げるんじゃないわよ、と言葉でも止められる。
ほろり、ほろり。
紗衣の無駄に大きな胸の中で、何かが解ける気がした。
盛り上がる会場とは対照的に、司会者とスタッフは隅で何かを話す。
「……大変申し訳ありません、引いた数字が間違えていました! 61番ではなく、19番です! すみませんでした!」
会場から落胆の声が上がる。彼は一瞬だけ壇上で固まり、ややあってペアチケットを返却。元の場所に戻った。
「あ。ぼく、ビンゴだわ」
ビンゴカードを一列開けた薫が、堂々と壇上へ向かう。
ほろり、ほろり。
紗衣は背中を押されるように会場を出て、式場のスタッフを探した。
ただ待っているほど落ち着いてはいられなかった。無駄に大きな胸は、今までにないほど膨れた感情を抱えている。
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