第5章 ケージではなく、ミトンでもなく

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 ご祝儀袋を買わなくちゃ。  5センチパンケーキを前にして、紗衣は思い出した。  高崎市は飯塚町。“5センチパンケーキ”の店で、果歩とブランチの最中だった。  厚さのあるふわふわのパンケーキが3段。可愛くも危ういパンケーキの上に、ちょこんと乗ったバターが、とろけて下に流れる。 「お紗衣ちゃん」  向かいの席に座る果歩に、静かに声をかけられ、紗衣は「何でもないよ」と返す。 「結婚式のご祝儀袋を買わなくちゃ、と思い出したの」  開店前に整理券を得てしてまで食べたかった5センチパンケーキ。  いざパンケーキを前にしたら、気持ちがしぼんでしまった。  ご祝儀袋だけでなく、結婚式に参列するためのものを一式買わなくてはならない、ということを今まで忘れていた。  それよりも、心に引っかかるのは、昨日の失言。  ――お行儀の悪いペットは、しばらく家出します。探さないで下さい。  大好きな彼に、拒絶するようなことを言ってしまった。  こうでもしなければ、自分の気持ちが保たない。しかし、彼を傷つけてしまったかもしれない。  何度も無料通信アプリを開くが、“望月涼太”のアカウントにメッセージを送ることはできなかった。 「果歩ちゃんは、結婚式に参加したことある?」 「あるよ。早い人は、二十歳(はたち)くらいで結婚しちゃったから」 「じゃあ」  果歩になら色々なことが訊ける。紗衣はそう思ったが、訊いても良いものか、躊躇(ためら)ってしまった。そんなに迷惑はかけられない。 「お紗衣ちゃん」  5センチパンケーキにメープルシロップをかけながら、果歩が訊ねる。 「お呼ばれしているっていう結婚式、今月だよね?」 「うん。2週間後かな」 「参列するのは初めて?」 「うん、初めて」 「パーティードレスは持っているの?」 「持ってないです」 「バッグは?」 「持ってない、です」 「お髪はどうするの?」 「髪?」  紗衣は、裏返った声で聞き返し、口をつぐんだ。  果歩は、ぐっと握りこぶしに力を入れる。 「食べ終わったら、買いに行こうか。群馬町のショッピングモールが大きいから、必要なものは揃えられると思うよ」  お紗衣ちゃんには何色が似合うかな。  他人のことなのに、果歩は楽しそうだ。
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