第5章 ケージではなく、ミトンでもなく

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 ショッピングと称して雑貨屋でご祝儀袋を購入した男ふたりを、若い女の子の店員は、汚らわしいものでも見るかのように嫌そうな顔をした。  昼時を避けて訪ねるは、高崎市は飯塚町のパンケーキ店。原宿に本店があるというその店は、女性客で混雑していた。  看板メニューだという“5センチパンケーキ”は、整理券配布の時間を過ぎており、チャンスがなかったが、それ以外のメニューは注文できた。  窓際の席で男ふたり並び、フルーツのパンケーキとティラミス仕立てのパンケーキを注文する。 「昨日の話の続きだけど」  薫は、冷水のグラスを揺らしながら話を切り出す。目線は窓の外に向いている。 「昨日の話?」  涼太は、焦った。話の内容を覚えていない。  薫は涼太に構わず、続ける。 「ぼくは果歩が好きだ。果歩の前では男でいたい」  冷房が効き過ぎるのか、外が暑すぎるせいか、目の前の窓ガラスは曇っていた。 「最初は驚いた……。市役所で見かける可愛い子が、ぼくに気があるみたいな言い方をして、一生懸命に距離を縮めようとするから。夢みたいだと思った……。ぼくのことを見てくれているのが、嬉しかった……。料理の勉強をしているみたいで、恥ずかしそうにタッパーを渡してくれる仕草なんか、抱きしめたくなるほど可愛い。その反面、申し訳なかった。こんな、男なのか女なのか判らない奴の相手をしてくれるのが」  語尾の切れが悪い。涼太は、薫の口調に違和感を覚えた。 「昔から、薫ちゃん、薫ちゃんと言われて、ね。特に疑うこともなかった……。化粧品が好き。がに股になってサッカーをするのも好き。女装に興味はなかったけど、女子のトレンドばかり追いかけていた……。好きになるのは、決まって女性。でも、自分がレズだと認められるほど、ぼくは強くない。それなのに、果歩のことが可愛い。そばにいてほしい。愛したい」  覇気がない。それだけではない。女言葉を使わないようにしている。薫は男として、涼太に打ち明けているのだ。  果歩ちゃんは薫ちゃんが男か女なんて気にしていないと思う。  そんな言葉を軽々しく口にすることは、できなかった。  注文したパンケーキが運ばれてくる。  一緒に配られたナイフとフォークを目にした途端、涼太は背中に氷を注がれるかのような寒気をおぼえた。両手が汗でどっと熱くなり、びくびくと痙攣する。冷たい水を飲んだばかりなのに、喉が渇いたように熱い。  思い出したくない。あの恐怖。痛み。恋人がいたという事実。 「涼ちゃん?」  隣に話しかけられる。 「涼ちゃん、大丈夫?」  そっと手を添えられ、涼太は頷いた。  ――手当て。涼ちゃんにも。  そうだ。自分には、添えてくれる手があった。寄り添ってくれる人がいた。 「紗衣」  昨日拒絶されたばかりのその人が、たまらなく愛おしい。  会いたい。可愛い。そばにいてほしい。そばにいたい。愛情をかけたい。 「ちょっと、涼ちゃん。また誰かさんとぼくを勘違いしてるでしょう」  相手の低い声で我に返り、涼太は、ごめん、と謝った。  薫は女子のように頬を膨らませて眉をしかめたが、特徴的な眠そうな笑みを浮かべる。 「今日はデートだから、許してあげる。ケーキ、切ってあげるわ」  薫は、涼太のパンケーキにナイフを入れ、一口サイズに切り分ける。マナー違反ではあるが、涼太にとっては助かる。  以前にもこういうことがあった。うっかりサーロインのローストを注文してしまい、切り分けてもらったのだ。いくら愛情をかけてもかけ足りない、大切な、あの彼女に。 「自分で食べなさいよ。ぼくが、“あーん”なんてやったら、お紗衣は身を引いちゃうでしょ。そんなこと、お紗衣にさせちゃ駄目でしょう」  薫は、涼太の肩をぽんと叩く。 「涼ちゃんは、大丈夫。自分が思っているよりも、案外普通の人だから」  フルーツパンケーキとティラミス仕立てパンケーキを、一口交換する。  フルーツパンケーキは甘く、酸っぱく、ティラミス仕立てはちょっと苦い。
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