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平成の大合併で、高崎市は群馬県内最大の面積と人口の市町村となった。県庁所在地である前橋市を越える規模となった高崎市は、中心地を離れた山奥でも高崎市である。
“ようこそ群馬町へ”と書かれた色褪せた看板を横切り、のどかな田園地帯の真ん中に鎮座するショッピングモールに、果歩は車を走らせる。日曜日ということもあり、駐車場は混雑していた。
「果歩ちゃん、よく来るの?」
「たまに、だよ。実家がこっちの方面なんだ」
果歩は慣れたように建物に入り、専門店街をすいすいと進む。紗衣は、周りの人にぶつからないように気をつけながら、果歩についてゆく。
「お紗衣ちゃん、予算は?」
「3万円持ってる」
まさか買うことになるとは思わないからそんなに持ってこなかった、とは言えない。
ドレスを扱うお洒落な店に入ると、果歩は早速、ハンガーにかけられたワンピースを見繕い、紗衣に当ててみる。
「果歩ちゃん、そんなに派手なのは着られないよ!」
果歩が選ぶのは、ピンク色や薄紫色などガーリーな色だ。
「私は、このくらいがいいな」
紗衣は、シンプルなネイビーのワンピースを手に取るが、「駄目!」と瞬殺されてしまった。
「そんな喪服みたいな色、絶対駄目!」
離れた場所で、店員が笑いを堪えていた。
次に紗衣が手にしたのは、深い森のような濃い緑色のワンピース。膝下丈のアンシンメトリーの裾で、ウエストに切り返しがある。ノースリーブは気になるが、これなら体型を隠せる。
試着してみると、意外と悪くなかった。ショールを羽織れば、上腕が隠れるので平然としていられる。
店員も「お似合いです」と言ってくれたが、果歩は見定めるような目で紗衣を射る。
「似合う。けど、もったいない。お紗衣ちゃん、スタイル良いのに。若いから、可愛いデザインだって似合うのに」
緑色のワンピースは保留として、紗衣はショールを脱いだ。ふとタグを見ると、定価は1万5000円。ドレスより高価だった。
試着室の外では、店員が「秋の新作なのですがこちらはいかがでしょうか」と薦める声がする。それであろうドレスを、果歩が試着室のカーテンから入れてくれた。
ボルドーカラーのフレアのワンピース。ウエストがしまっているデザインだが、きつそうなわけではない。パフスリーブの袖は、半袖のようだ。
試着すると、裾は膝が隠れる程度だ。きつくはない。
「お紗衣ちゃん、可愛い! いいじゃん!」
果歩は大はしゃぎだ。
「でも、うっかり膝が見えてしまうのでは」
「お紗衣ちゃんが最初に選んだ喪服みたいなのも、膝丈だよ」
果歩は、新作のパンフレットを紗衣に見せてくれる。
「ほら、だいたい膝丈だよ。お紗衣ちゃんが着ているのは、これだね。お髪は全部アップにするのではなくて、ハーフアップが良いみたい」
紗衣より果歩の方が楽しそうだ。
ホワイトに細かなビーズをあしらったクラッチバッグと、ピンクベージュのパンプスも購入し、金額は予算内に収まった。
袱紗も買いたいところだったが、クラッチバッグに収まる袱紗がなかったため、ご祝儀袋はハンカチに包むことにした。
「果歩ちゃん、本当にありがとう」
本屋のステーショナリーコーナーでご祝儀袋を買い、カフェで一休み。
紗衣の買い物ばかりつき合ってくれたのに、果歩は嫌な顔をひとつもしない。クリームを追加した、入道雲みたいなウインナコーヒーを前にして、嬉しそうに微笑む。本当に、嫌みがなく気構えずに一緒にいられる人だ。こういう人に、幸せになってほしい。
「お紗衣ちゃん、ネックレス買わなかったね」
「ネックレスは持っているの。パールビーズの。……変かな」
紗衣はスマートフォンで撮った写真を果歩に見せる。
「良いと思うよ! 素敵!」
果歩に褒められ、紗衣は安堵の息をついた。
彼からの贈り物のネックレス。普段は写真なんか撮らないのに、そのときは嬉しくて撮ってしまった。
そのような優しい彼を、紗衣は自分勝手な理由で遠ざけた。
彼との近況を訊ねてこない果歩に感謝し、紗衣は豆乳カフェオレに口をつけた。
「お紗衣ちゃん、お髪はどうするの? 美容院、予約しなくちゃ。式場までどうやって行くの? バスはなかなか通っていないよ?」
果歩の懸念材料は尽きないようだ。
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