第5章 ケージではなく、ミトンでもなく

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 夜の開店時間直前に、その若者はやってきた。 「いらっしゃい」  青木春也は、いつものハスキーボイスで彼を迎える。 「空いてるよ。どうぞ」  彼は、春也に促されてもカウンター席に腰を下ろさない。 「昨夜は大変ご迷惑をおかけしました」  大きな体を小さく丸めるように頭を下げる。  春也と違って容姿も声も美しい彼は、店に来るときは影を引きずるように落ち込むことが多いが、今日は様子が違う。  春也は、むやみやたらに訊ねない。  話したことがあれば、彼の方から口を開くから。 「いい加減、けじめをつけてこようと思います」  彼は重そうに、しかし揺るがずに口を開いた。 「親や祖父母に会って、しっかりと話をしてきます。自分の気持ちを整理してきます。それが終わったら、気になる女の子に気持ちを伝えます」  春也はただ、彼を見守っていた。ペットしか愛せないと思い込んでいるだけなのではないかと、彼自身が自問するまで。しかし、もうその必要はなくなったようだ。 「行ってらっしゃい」  春也は、言葉で彼の背中を押す。 「遠いんだろう? 気をつけて」  彼は、顎を引いて深く頷いた。  この美青年に許される翳りと気だるさは、もう見られなかった。  若者が店を出たのと入れ違いに、軽やかな足取りで若い女の子がやってくる。  春也は目を疑った。 「いらっしゃい」  声音にも疑いの色が出てしまっただろうか。  若い女の子は、ためらいながら春也をまっすぐ見る。 「青木春也さん、ですよね? 私、この前の婚活イベントにいました。覚えていないと思いますが……」 「覚えてる! 覚えてる! そうか、あのときの」  思い出した。この前の婚活イベントにいた女性だ。24歳の管理栄養士。まだ婚活をするような年齢ではないが、両親が高齢で早めに婚活を始めた、と話していた。春也は10歳上だから、まさか覚えてもらっていたとは思わなかった。 「ひとりで来たんですけど、大丈夫ですか?」 「大丈夫です! ひとりで来る人も多いですから、どうぞ」 「でも、まだ時間じゃないですよね?」 「もうほとんど時間ですから。気にしないで」  ぽんぽんと言葉が弾み、春也は驚いた。こんな会話ができるのは、兄だけだと思っていたから。
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