第5章 ケージではなく、ミトンでもなく

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「あ! 薫ちゃん!」  弾んだ声に呼ばれた薫は、お久しぶり、と手を振って、呼ばれた方へ行く。 「薫ちゃん、ホストかよ」 「チャラいな」 「全然変わらないね」 「相変わらず、薫ちゃんだな」 「何それ。どういう意味よ」  幼馴染みらしき人達と気兼ねない会話を交わす薫。紗衣は、無駄に大きな胸がちくりと痛む気がした。気軽に会話を交わせる人なんて、紗衣にはごくわずかしかいない。薫と、果歩と、涼太。しかし、今は彼とは目も合わせられない。 「お紗衣、こっちにおいで」  薫に手招きされ、紗衣は薫のグループに入った。 「お紗衣。あの子の職場の後輩だたんだって」  紹介が雑。しかし、薫の幼馴染み達には、それで充分だった。 「美人!」 「若いね。何歳?」  紗衣は“美人”の部分を否定しようとしたが、薫に遮られる。 「年齢訊いちゃ駄目でしょうが、“おばさん”」 「なによ。薫ちゃんこそ、若い子に手を出しちゃ駄目でしょう。“おっさん”のくせに」  どこかで聞いたことのあるような会話。  ぐほ、と擬音が出そうなほど、薫は言葉に詰まり、固まった。紗衣は滅多に見たことのない、薫の追い詰められた様子だった。 「あの、私、全然美人ではありませんので」  薫へ集中砲火が始まらないように、紗衣は弱々しくも間に入る。 「なんで? 全然良い顔してるじゃん。やっぱり、若いと綺麗だね。お姫様みたい」 「うちらにも、こんな時期があったんだよね」 「ないわよ」 「“おっさん”は黙っとれ」  再び“おっさん”呼ばわりされた薫は、口をヘの字に曲げて黙した。  薫達の昔の話を聞きながら、紗衣は相槌を打つ。  話の合間に、紗衣はよそを向いてみた。数秒間が空き、彼がこちらに気づく。紗衣は慌てて目をそらし、薫達の話に加わらせてもらった。  そのうち、式場のスタッフから声がかかり、参列者は敷地内のチャペルへ移動する。  光あふれるチャペルの、ベンチに腰を下ろすと、紗衣は大学の授業を思い出した。“世界遺産の建築学”という授業で、教会の構造を勉強したのだ。懐かしい。あれから、もう3年近く経っている。 「紗衣ちゃん、ありがとね」  薫の幼馴染みのひとりにお礼を言われる。 「薫ちゃん、うちらにとっては大事な仲間の“薫ちゃん”だけど、よそでは苦労しているんじゃないかな。薫ちゃんと仲良くしてくれて、ありがとう」 「いえ、私は逆に、薫ちゃんに助けられてばかりです」  助けられてばかり。薫にも、果歩にも……彼にも。  白いタキシードで決めた新郎と、純白のウエディングドレスに身を包んだ新婦が、神の前で永遠を誓う。  紗衣には、初めて見る光景だ。無駄に大きな胸が、言いようのない感慨で無駄にいっぱいになってしまう。  でも。  駄目。  あふれ出して壊れそうな心は、きっと、届いてほしい相手に届かない。わかっているのに、きっと自分も祝福される瞬間が訪れると錯覚してしまう。  紗衣は薫に背中を押されてブーケトスに参加したが、ブーケが取れるはずもなく、キャッチに成功した人に拍手を送った。  退場する新郎新郎を見送りながら、大きな彼の背中を見つけてしまった。参列者の女性の隣で、拍手をする彼の姿を。
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