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しばし逡巡したのち、スピカを高く放り投げた。ゆっくり空に上る青白い光を見ていると、建物を挟んだ向こう側でも、空に上っていく白い星が見える。私の他にも空へ星を還す酔狂な者がいるとは驚きだ――。無意識にその星が上る方角を目指していたら、華奢な体がぶつかった。
「失礼!」
「ごめんなさい!」
女性の声が重なって、共に上を見て歩いていたことを謝った。私が白い星を追っていたように、彼女は私が空に還したスピカを追っていたらしい。
「びっくりしたの。私のほかにも星を手放す人がいるなんて。あれはコルネフォロスです」
「私のはスピカでした。勇者ヘルクレスの星なんて、お守りになりそうなのに」
「それを言ったらスピカだって、とっても人気の星でしょう。私はいいんです。いま、家にヘルクレスを連れて帰りたくない……」
私はひとつの予感を覚えた。そのとき遠くで雷が鳴り、水晶のような雨粒が落ちて彼女の頬を濡らす。私は彼女に、店主から借りた傘をさした。
「私も同じですよ。いま、織姫以外の乙女を家に入れるのは気が引ける」
彼女がはっとしたように私の顔を見上げる。予感は当たっていたらしい。
「家ではベガが待っているの。明日までに、アルタイルと会わせてあげたかった」
「明日のこの時間に、また、ここでお会いできますか?」
「あなたが彦星を連れて来てくださるなら」
「もちろんです。あなたも織姫を忘れずに」
彼女は傘の内側に描かれた夏の星座図を見ながら、「晴れますように」とつぶやいた。
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