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あれから一ヶ月。
毎日のようにスキンケアを行い、あの日トイレで渡されたボトルの薬用液も使って肌を大切にしてきた。
ヤケ酒もやめて生活リズムも肌がこれ以上荒れないように努力を続け、定時で上がれた今日またBARを訪れたが、ボトルを渡してくれた彼の姿は見えなかった。
マスター曰く、常連さんだが時折長期間顔を見せず、いつの間にかふらっと戻ってくる。“彼”はそういう人らしい。
仕方なく、マスターにいつものカクテルを頼み、のんびりと夜更かししない程度に呑んで週末の夜を過ごそうとした時だった。
「こんばんは。隣、座ってもいい?」
――“彼”はまた、ふいに現れた。
今日は大きなアンティーク調のコスメボックスを手に現れたその人は、あの日と変わらず優しく微笑み、こちらの反応を窺う。
私が首を縦に振れば「よかった」と笑い、同じカクテルを注文してグラスに口を付けた。
「ねぇ。最近、キレイになった?」
一口飲んだグラスをコースターの上に戻し尋ねる彼の言葉に、私は笑って返答する。
「はい、キレイになりましたよ。だって――私がなりたい自分になれるよう、憧れの人がその方法を教えてくれたんですから。昔も、今も」
そう、あの頃と変わらず。
落ち込む自分を励まして、『なりたい自分になれる』という魔法の言葉をくれた憧れの人は、何年もの間離れた後に再会しても、私を変えてくれた。
「学生時代、双子のお姉さんの格好をして美容について学んでいたんですね。“優菜さんご本人”から聞きましたよ」
「……姉貴、ついに喋っちゃったか。騙すつもりはなかったんだけど、初めて真奈ちゃんに会った時は姉貴の格好してたし。かといって、あの時代男がメイクアップアーティスト目指すなんて知れたら周りが煩いし」
「だから休日は実家に戻って、お姉さんの格好してたんですか」
「姉貴も外泊できるからいいよーって快諾してくれたからね」
傍らに置いたコスメボックスを軽く叩き、過去を経て今、念願の職種につけたことを彼は嬉しそうに見せてくれた。
「勉強も経験も積んで、格段に腕も上がった。……だから、もう一度任せてもらえない? 真奈ちゃんがキレイになる手伝いをさせてほしいな」
そう言って、私を変えてくれた本当の憧れの人は嬉しそうに笑う。
満開の花のような笑顔はあの日境内で見た時と変わらず、心を温かく満たしてくれる。
だからこそ「どうかな?」と尋ね、返事をする前に頬に触れようとしたその手を取り、キレイになった肌にすり寄せる。
「もちろんです。優菜さんの――いえ、悠斗さんの手で、また私を変えてください」
それがあの時『可愛い』と言ってくれた私なのか。それとも、新しく『キレイ』と言ってもらえる私なのか。
全てはこの肌に触れてくれる優菜さんと名乗り続けた弟さん・悠斗さん次第。
だけどその先にはきっと私のなりたい自分が――憧れの人の目に映りたい自分がいるのだと確信した……。
■――――■
【憧れの人】
■――――■
「ところで、どうしてトイレで会った時知らないふりしたんですか?」
グラスのカクテルが飲み干される手前。ふと疑問に思ったことを悠斗さんに尋ねると、彼は少しだけ目を逸らし、噤んだ口を少しだけ開いた。
「……好きな子に、意識してもらいたかったから……です」
薄暗いBARの中でも分かった、悠斗さんの赤く染まった頬。
その姿を見て可愛いと笑うことが出来れば良かったのだけど、急激に熱を持って熱くなった自分の頬を隠すのに精いっぱいで、私はマスターに氷水を頼んで一気にそれを飲み干した。
<終>
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