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第一章 9
黒木先生と別れると、着替えもそこそこに、祐樹は勉強部屋と呼んでいる部屋に入り、急いでパソコンを起動させ、インターネットと表示されているところをクリックした。
普段の祐樹は研究の論文を書くために使っているので、あまりインターネットは見ない。
二つのウインドウを開いて、一つ目はグーグルで検索する。もう一つは自分達医療の研究をしている人間だけが入ることの出来る会員制のサイトにアクセスする。
グーグルで「香川聡・心臓外科」と検索内容を絞る。すると、驚くほどのサイトがヒットする。主にアメリカのサイトだったが、ヨーロッパや中東のサイトもあった。
読む分の英語には全く不自由はしないので興味のあるサイトを斜め読みする。一番多かったのは彼に心臓手術を執刀してもらい、回復し日常生活に支障がなくなった元患者の喜びを伝えるサイトだった。ヨーロッパでも中東でも同じような書き込みだろうと、次に医療研究のサイトに入る。こちらはパスワードが必要だった。このサイトは滅多に使用しないので、パスワードを忘れていることに気付く。
デスクにずらっと並んだファイルの中から「パソコン関係」とラベルを貼ったものを選び出し、パスワードを入力した。
同じように「香川聡・心臓外科」と検索内容を打ち込む。
すると、略歴と、実績など個人情報が出てくる。アメリカで活躍する彼だったが、日本にも信奉者が居るらしく、彼の略歴や手術の実績が日本語で書いてあった。
手術の実績は黒木先生が言っていたようなことが延々と記されている。
略歴のところで、違和感を覚える。
自分の出身大学と同じということは、以前聞いたことがある。年齢は29歳となっている。日本には卒業まで滞在し、その後渡米し、向こうの大学で博士号を取得となっている。
祐樹は27歳なのだから、同じ大学に通っていた時期が微妙に重なる。しかも専門は同じなので師事する教授も同じだ。そういう場合、知り合いになることが多いが、祐樹は香川先生のことがどうしても思い出せなかった。
研究室で会っている方が不思議ではないのに、香川という名前はどうしても思い出せない。
自分の学生時代のことを思い出す。自分が同性も愛することの出来る人間だとは中学生の頃から自覚していた。それでも、まだまだ日本では同性愛者に対する偏見は強い。大学に入ってからは、名門お嬢様学校からの合コンの話がひっきりなしに持ち込まれる。
マメに参加して、頑張れば愛することが出来る女性を探したものだった。合コンに参加するとほとんど100%携帯の電話番号を聞かれたりメアドを聞かれたりした。深い付き合いになったことも数知れずだった。しかし、やはり、心の底から深く愛せる女性は居なかった。それなりに可愛いとは思うが、恋愛感情がわかないのだ。
やはり、自分は男性に惹かれるタイプなのだろうなと、実感していた。
合コンに参加した女子大生は、他の男性にほとんど興味を見せず、祐樹だけに話しかけてくる。それを面白く思っていない男友達もいるわけで…。大学では「あいつと一緒の合コンは複雑だな」
と評判になったことも風の噂で聞こえてきた。
「あいつが参加する合コンは可愛い女の子の出席率が異様に高いが、俺たちが当て馬にされているのは面白くない」
そんな噂と、自分の嗜好がはっきりしたこともあり、大学に残る積りだった祐樹は合コンの出席をやめ、学業に専念することにした。その中で、臨床授業…つまりは入院患者の容態を直接診る(といっても、医師免許がないので、教授達の診断の手助けをしたり、患者を励ましたりする)縁で知り合った、「グレイス」のオーナーに自分が同性も恋愛対象に出来る人間だと看破された。
もちろん、病室に入っていくと、そんな個人的な話はしない。ただ、退院の時にこう言われた。
「ここが私のお店です。先生には色々お世話になったので、是非来て下さると…嬉しいのですが…先生なら商売抜きで、お酒をお出しします」
そう言って名刺を渡されただけだった。ゲイバーの経営者だということは、患者からだったか、同級生からだったか、知っていた。
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