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第二章 15
CTスキャンの画像を素早く読み取る。投身自殺した患者には良くあることだが、大たい骨――太腿の太い骨――が着地の際、足を下にして落ちたことにより過度な負担が掛かり、身体部分までめり込んでしまうことが良くある…と教科書に書いてあった。
実際その通りで、脚部複雑骨折、大たい骨は大腸にまで突き刺さっている。
覗きこんだ阿部師長が、配慮してくれたのだろうか。
「他のベッドに掛かりきりのなっている先生を呼ぶ?」
「いえ、皆お忙しそうですし、阿部師長のご判断にお任せします」
実際、他の数人の医師は床が血で滑るのも厭わず処置をしている。
「井出さん、田中先生のヘルプを」
大腸で恐いのは腹膜炎を起こすことだ。大腸の内容物が体内に流れ出すと厄介なことになる。
「開腹して、腹膜炎のリスクを少しでも取り除きます」
「そうね」
井出看護師がメスを始めとする道具出しをしてくれるようだ。阿部師長は監督役といったところか。
メス捌きは鈍ってはいないつもりだ。幾ら古巣である心臓内科では足持ちなど歴任し(こういう役目を歴任というのかは別にしてだが)退官された佐々木前教授やなによりも卓越した腕を持つ香川教授の手技を見せられたばかりだ。
負けじ心がふつふつと湧き上がる。
「阿部師長、私のメスが危なっかしいと思ったら止めて下さい」
そう言って、CTスキャンの画像を見ながら大たい骨が大腸の凶器となっている場所だけを切開する勢いで銀色に輝くメスを皮膚に食い込ませた。血管を傷つけないように。
最小限の切開が終ると、腸壁の損壊が見られた。
そこから出血した血が祐樹の顔に飛び散る。目に入ったがそんなことは構っていられない。
「麻酔を増やして、抗生物質液剤、点滴で5単位投与。それとバキューム」
腸から出たものを一刻も早く取り除かなければならない」
ちらっと阿部師長を見たが、満足げに微笑みの形で唇を弛めたまま、何も言わない。
――これで正しいのかは分からないが、阿部師長を信じよう――
順番の確認。これが大事だと教わった記憶がある。北教授が教官だった頃だろうか。
「あれもこれもしようとしてはならない。患者の命に関わる怪我から優先順位をつけて、決めたらその通りに正確に実行するのみだ」
そんな声が脳裏に蘇る。
手渡された吸引機で、体内の不純物を綺麗に除去した上に、抗生物質を塗布していく。
腹膜炎は危険な病気だが、祐樹は体内の不純物が殆どないことに気付いた。
そういえば、この患者は異様なほど痩せている。大腸に食物を食べた痕跡が殆どない。
「投身自殺…となると気分病(躁うつ病)の可能性があるな」
そう思った。鬱の人間は拒食になりやすい。いや、その逆か…。だが腹膜炎に関しては不幸中の幸いだった。
「腹膜炎の無事に処置終りました。骨折の処置に移ります」
そう報告して骨折の処置をした。と、いっても緊急救命室では命に関わることが管轄だ。骨折は基本は外科だ。応急処置だけ済ませた。
全部終って、モニターを見ると心臓も呼吸のリズムも平常だった。
心から安堵し、床にへばりつきそうになる。時間との戦いは神経がもたない。
「DOA(死亡して来院)寸前の患者にしてはよくやった」
阿部師長が褒めてくれた。回りに手の空いた看護師も集まってきていた。
「おめでとうございます」
といううら若き(若くない女性も居たが)に囲まれ、少しウンザリしてしまう。
何故か、香川先生が長岡先生に向けた笑顔――空港で見ただけだが――を思い出してしまう。
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