優しい女弁護士

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「ちょっと……!」  突然のことに驚きながらも声を上げると、男は面倒くさそうに振り返る。 「カラオケに行くんだよ。ここじゃ暑いし、検査もできないでしょ?」 「確かにそうだけど……」  不安に思いながら、カバンに触れる。危なくなったら催涙スプレーをかけて逃げればいい。そう自分に言い聞かせ、梨花と共に男について行く。  カラオケ店につくと千夏は水を、ふたりはそれぞれ好きなジュースを持って部屋に入る。千夏は男を奥に座らせ、自分達は出入口に座った。これで男が妙な真似をしても逃げられる。 「警戒心強いねぇ、おねーさん。ま、それが賢明だと思うけどね。でもさ、こんな確実に捕まるようなところで、犯罪しでかすほどバカじゃないよ?」  軽口を叩く男を睨みつけると、千夏はカバンから薬物検査キットを引っ張り出す。  梨花から受け取った物を開けてみると、白い粉末と小さなストローが入っていた。 (これでドラッグじゃなきゃ、なんだっていうの?)  苛立ちながらも粉末を水に溶かし、スポイトで吸って検査キットに数滴垂らす。これで青に変色すればドラッグということになる。 「どれくらいかかるか知らないしせっかく来たんだから、1曲歌って待ってるよ」  男はデンモクを操作し、曲を入れる。流れてきたのは最近流行りのJ-POP。思ったよりも力強い歌声に思わず聞き入りそうになるが、今はそれどころじゃない。  検査キットと説明書を交互に見ながら変色するのを待った。  だが、結果は千夏の期待を裏切り、男が歌い終わっても変色しなかった。 「どうだった?」 「薬物じゃない……」 「だから言ったじゃん、違うって」  男はニヤつきながら言うと、コーラを飲み干した。 「じゃあなんだっていうの?」 「知りたい? どうしよっかなぁ?」  楽しげに勿体ぶる男に苛立ちを抑えきれなくなり、千夏は男の胸倉を掴んだ。 「あの……!」  梨花は怯える目でふたりを見上げながら声を張る。 「あーそうだ、今回はおねーさんに取られちゃったしこれ返すよ」 「え?」  男は千夏の手を振りほどくと、彼の言葉に目を丸くした梨花の手に数枚の千円札を握らせた。
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