優しい女弁護士

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「こんな小学生みたいなことして何が楽しいんですか!」 「だって普通に働くより稼げるし、皆ドラッグに手を出したと思いながら偽物使ってるから害がないし、皆ハッピーじゃん」  悪びれる様子もなく言うと、男は千夏の顔を覗き込む。 「最低!」  平手打ちをくらうも、男はニヤつくだけ。 「いいことをして金も稼げていいと思うけど?」 「立派な詐欺罪ですよ? もうこんなことやめてください」 「そう言われてもさぁ、普通に働くのバカみたいじゃん」  怒ろうと口を開きかけた千夏だが、男の目に悪意はなく、むしろ子供のような純真さが見えた気がして口を閉ざした。 「死に物狂いで就職しても、ボロ雑巾のように扱われて、行きたくもない飲み会に連れてかれて、サービス残業させられる可能性があるなんて、俺は嫌だよ。それにさ、イメージでは儲かる仕事だって、案外儲かんないのが世の中でしょ?」  男の言うことは最もである。希望を胸に就職しても、いざ働き始めたらハラスメントの嵐にサービス残業で苦しい思いをする者は大勢いる。弁護士という仕事上、千夏はそういった人間をたくさん見てきた。  だからといって、詐欺まがいの行為を許すつもりはないが。 「弁護士だってさ、お金持ちのイメージだけど実際儲からないでしょ?」  これも男の言う通りで、最近では過払い金の仕事で食いつないでいる弁護士が多い。千夏の事務所も、半分近くは過払い金で稼いでいる。 「儲かる儲からないの問題ではありません」 「じゃあなんでおねーさんは弁護士やってるわけ?」 「昔、父は殺人の冤罪をかけられました。父の親友が弁護士で、彼が父の無罪を証明してくれたんです。それでも嫌がらせが続いて大変でしたが、法を盾に私達を守り、酷いことをした人を有罪にしてくれたんです」 「それに憧れたんだ?」  男の言葉に、千夏は静かに頷く。当時のことを思い出したのか、優しい顔つきで。 「へぇ、ありきたりで安直だね」 「あなたに分かってもらおうなんて思いません」  デリカシーの欠片もない言葉に千夏が声を荒らげると、男は煙草を咥えて火をつけた。 「人の話は最後まで聞いてよ、弁護士さん。ありきたりで安直だけど、いいと思う。だって、憧れるほどかっこいい大人に出会えたってことでしょ? 俺はそういう人達とは無縁でこの有様だからさ」  男は笑ったままだが、千夏の目にはどこか寂しそうに見える。どう声をかけようか迷っていると、男は思い出したようにあっ、と声を上げた。
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