優しい女弁護士

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「おねーさんの勘違いをどうにかしなきゃね。おねーさんは俺が偽ドラッグで儲けてると思ってるんだろうけど、違うよ。これはグリコのおまけみたいなやつで、捨てちゃう子も多いんだ」  男は銀紙に包まれた菓子粉末をつまみあげながら言う。 「じゃあ何を売ってたと言うのですか?」 「キスだよ」  男は妖艶に微笑み、赤い舌でチロリと唇を湿らせる。色香のあるその仕草に、千夏は思わず息を呑む。 「だから女の子としか取引しない。皆俺とキスがしたくて偽ドラッグを買いに来てるんだ。おねーさんも試してみる? 特別にタダで」 「結構です」  ピシャリと言うと、男は芝居がかったため息をつく。 「あーあ、もったいない。ま、処女で俺とキスしたら他の男と恋できなくなるだろうから正解かもね」  男の過剰なまでの自信に、千夏は呆れ返る。 (こんな奴に一瞬でもドキドキしたなんて……)  恥ずかしさと同時に怒りがこみ上げ、体温が上がっていく気がした。 「安心してよ、おねーさん。おねーさんにこの仕事バレたんじゃ続けらんないから辞めるよ」 「へ?」  こんなにあっさり辞めてもらえると思っていなかった千夏の口からは、間抜けな声が出てしまう。 「おねーさんだって辞めて欲しいでしょ? ね、新しい仕事探すから帰ってよ。これ押収していいから」  男はそう言って収納ボックスの蓋を閉めると、千夏に押し付けるように持たせて彼女の背中をぐいぐい押した。 「ちょっと……!」 「気をつけて帰ってね」  唯一綺麗な部屋から追い出され、千夏は困惑しながらも高級マンションを後にした。 「まぁ、いい報告はできる、かな?」  千夏はスマホを取り出し、叔母に電話をかけて今から行くと伝える。  藍子の家は高級マンションからバスと徒歩で20分ほどかかる。バスに15分揺られて5分歩くと、ふたりが住む安アパートについた。205号室のチャイムを押すとすぐに玄関ドアが開き、不安げな顔をした藍子が出迎えてくれる。 「いらっしゃい。その箱は……」 「危険なものじゃないのでご安心を。梨花ちゃんは帰ってしましたか?」 「いいえ、まだ帰ってこないわ。もしかしてあの男に何かされたんじゃ……」  藍子は急にそわそわし始め、目線を宙に泳がせる。 「それはありません。きっとカラオケですよ。あの、報告したいのではやく上がらせてほしいのですが……」 「ああそうね! そうよね! ごめんなさいね、気が動転してて……」  千夏が遠慮がちに言うと、藍子は彼女を部屋に上げ、リビングに座らせる。
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