第一章

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第一章

 八月半ばだと、夕方になってもまだ昼の暑さが残っている。あたりはまだ明るさが残っており、夕方とは思えない。おだやかな波の音だけが聞こえている。  ここは東京都心から数百キロメートル離れたN島。行政区分では東京都に属するが、緯度は沖縄県とほぼ同じである。この島で夏休みを利用して自然学校が行われ、12人の子供たちが集まった。男女6人ずつ、全員中学生である。そのうちの一人の男子生徒が海岸に座ってじっと沖を眺めていた。  島崎裕二は横浜に住む中学二年生である。夏休みを自宅でのんびり過ごそうと思っていたが、親に勧められて今回の自然学校に参加した。都会で生まれ育った彼にとって、都会から離れたこの島で他の地区の生徒と共同生活をすることは貴重な体験になると思われた。  長かった自然学校も今日で終わる。この島で夜を過ごすのは今夜が最後だ。裕二は複雑な気持ちで海を見つめていた。家族の待つ自宅に帰れる安堵感と、自分が成長できただろうかという不安な気持ちが心の中で入り乱れていた。  「今頃ホームシックか」背中から声をかけられた。声をかけたのは、親友の高見敏明だ。裕二とは中学入学からのつきあいで、今回裕二に誘われる形で自然学校に参加した。  「うるさいな」裕二はぶっきらぼうに答えた。敏明は裕二の肩を軽くたたいてその隣に座った。  「どうせ明日は家に帰れるじゃないか。ママに会えるぜ」敏明は笑いながら言った。  「ママなんて呼んでねえよ。それに、本州まで船で24時間かかるじゃないか。家に帰るのは明後日だろ」  「わかってるよ。お前を試すために言っただけだよ。そんなこともわからねえのか、このすっとこどっこい」  「前から聞こうと思ってたんだけど」裕二は敏明のほうに体を向けて聞いた。「その、すっとこどっこいって何なんだ。お前、よくその言葉使うだろ」  「ああ、それは……俺もよくわからないんだ」  「なんだ、わからなくて使っているのか」  「口ぐせなんてそんなもんだろ」  「今時、そんな言葉使うの、お前ぐらいだよ」  「なんとでも言え。それより、もうすぐ晩飯だぜ」  「もうそんな時間か。今何時だ」  「何だ、時計がないのか」  「腕時計を部屋に置いてきたんだ」  「もう7時だよ。さあ、行こうぜ」敏明はそう言って立ち上がった。裕二も続いて立ち上がった。
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