花にそそぐ

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 人里離れてひっそり暮らす魔女の家。日が沈んだ後に訪れる者がいた。  やって来たのは、体は細いがはしこく駆け回りそうな、野山で遊ぶ姿が似合う少年だった。しかし子供扱いされるのはいやだという微妙な年頃である。 「おばば様。先日は姉の病気のためにお薬を(せん)じてくださってありがとうございました」  少年はトルトルと名乗った。  深々とおじぎをして、先方の気を損ねないように親に仕込まれた通り礼儀をつくした。  出迎えた老女は顔色ひとつ変えなかったものの、うんうんとうなずいて少年から「御礼」の品を受け取った。  丁寧に包み紙にくるまれていたのは黒い糸の束だった。いや、これは髪の毛である。魔女は髪をまとめていた絹の(ひも)をほどくと、少年の上腕ほどの長さある捧げ物を両手に持ってしげしげと眺めた。 「ああ。足りないねえ」 「そんな……。ごめんなさい、姉の髪で足りなければ、母のものをお持ちします」 「いらないよ。若い娘のでなけりゃ、強い魔力は得られないからね」  少年が蒼い顔をして友人の少女にも頼んでみようかと考えあぐねていると、老女は曲がった背中を少し起こし、腰をトントンと叩きながら少年に言った。 「それなら、女の髪と同等のものをもらおうかね。あんた、足りない分は今夜あたしんちで働いていきな」 「あ……はい! 一晩でどれだけお役に立てるかわかりませんが、何でも言ってください!」  パッと明るく返事をした少年に、うんうん、と魔女はシワシワの顔をやわらげてうなずいた。  少し早めの夕食となった。魔女は機嫌良さそうに鼻歌をうたいながら熱々のオムライスをふるまってくれた。トルトルも簡単な料理ならできたのだが、長年の経験と技術にはかなわなかった。  もし旅人がこの家を通りかかれば、ただのおばあちゃんと孫が暮らしていると思っただろう。魔法のはたらく「異界」だとわかるのは、窓の外に十数羽の真っ黒なカラスやコウモリが餌にありつこうとガアガア集まってきたのを見つけた時である。  待っていても特に手伝いの指示もないので、トルトルはふしぎに思った。 「おばば様、僕は何をすればいいですか」 「花の世話だよ」 「はあ」 「寝る前に水と肥料をおやり。あんたの寝床は外の納屋だ」  あくびが出たころにランプをひとつ借りて、毛布を持たせてもらい、トルトルは魔女の家を出た。黒いシルエットとなった樹木の上に三日月が昇っている。  魔女がついてきたのは玄関までで、少年と背丈が近い鉢植えの植物を手渡すと、さっさと引き上げて地下室への階段を降りていってしまった。  初めて見る植物だった。細長い葉を何枚も垂らし、一本すらりと伸びた茎の先に百合の(つぼみ)のようなふっくらしたものが付いていた。  トルトルは鉢を片手に抱えて家の裏へ入った。草むらから虫の音が聞こえてくる。  古い木造の建物を見つけると、借りた納屋の鍵を回してガタガタしぶる引き戸を開けた。明かりをかざしてみれば中は案外整頓されていて、人ひとり寝転ぶ空間は確保できそうだった。  この地へ来る前、魔女の家と聞いて最初のうちトルトルは(びん)に詰められた生き物の体の一部が並ぶ部屋を想像してしまった。魔女や魔法はこわいものだと思い込んでいたせいかもしれない。  人目を忍ぶものというのは、さらなる闇の下へ隠されていることを少年のトルトルはまだ知らなかった。  あの魔女はわるい人ではないのかもしれない。夕食の美味しかったことを思い出して、いくらか気分が軽くなった。トルトルは鉢植えを納屋の入口に置き、井戸の水を探しに行った。ランプの明かりを頼りにポンプを押して水をくむ。あとは肥料なのだ、が……そういえば魔女から受け取った記憶がなかった。  おばば様にたずねてみようと母屋の方へ向かおうとして、魔女は地下室に入っていったことを思い出した。気軽に声をかけられる場所ではなかったので少年は弱ってしまった。 「うーん、ちょっとだけ休んでからにしよ……」  とりあえずトルトルは納屋へ歩いていった。まずは寝床をととのえてから話をしに行っても遅くはないだろうと思った。  鉢植えは納屋の入口に置いてある。中に入って狭い空間に借りた毛布を広げた。一度ごろんと横になってみる。地面は固いが一晩なら我慢できるだろう。手元のランプがあたたかく光っている。 「ちぇ、花の水やりなんて、小さい子だってできるじゃないか」  開いた納屋の入口から見える星空を(なが)めながら、トルトルはつまらなそうにぼやいた。実はちょっとだけ、魔法に関わることに興味はあった。やはり一般人には遠い世界なのか。  ひとつため息を吐くと、するりと(ほお)()でる物に気が付いた。長く伸びた緑の紐……の先を目で追うと、それは鉢植えの植物から出てくるものだった。(つる)だろうか? さっきまでなかったはずだ。  ぎょっとしてトルトルが半身を起こす。(しげ)った葉の中心から新しく生えてきた蔓がぐいぐい伸びてこようとするので鉢ごと傾いた。 「うわっ!」  素焼きの鉢が割れてしまってはかなわない。トルトルは必死で手を伸ばしギリギリで受け止めた。ホッとして鉢を元の場所に置いてやる。ふしぎな力で空中をただよう一本の細い蔓はトルトルの頬をやさしく撫でた。さらりとして柔らかく、人の手のような触り心地だった。  狭いから植物は納屋の外に出して眠りたかったのだが、伸びた蔓がまとわりついて離れてくれない。これも魔法のひとつかしらんと首をかしげながら、トルトルは鉢植えを抱えて寝床のそばに置いてみた。まあ、ゆらゆら揺れる蔓の一本くらい、眠りの邪魔にはならないだろう。  トルトルは納屋の戸を閉めた。密閉された空間は静かで秘密基地のようなわくわく感がある。外で不気味に鳴き交わす黒い生き物の声を聞きながら、少年は再び毛布の上へ横になった。  ランプの光に照らされたふしぎな植物はひっそりとたたずんでいた。ふっくらした花の蕾はトルトルの方へ先端を向けて垂れ下がり、何やら語りかけてきそうな気がした。  トルトルの体の表面で揺れていた蔓の先が、いつの間にかシャツの(えり)から(すべ)り込んできた。少年は反射的に手を上げて細長い緑を捕まえた。しかし小さく(うごめ)く先端が胸の突起に触れた時、言いようのない甘い刺激がビリリと響いて体がこわばった。 「ッッ……!?」  浸入した魔法の蔓を払いのけることができなかった。逃げ出すのが遅れてだんだん沼に沈んでいく自分がいる。  目を閉じてしばらく心地好さを味わっていると、体が素直に反応するようになった。もっと刺激が欲しくなった。  トルトルは薄目を開けて天井の(はり)を見上げた。吐息が熱い。 「なんなんだ……こいつ」  首筋を伝う緑の蔓を引っ張り出した。つまんだ蔓の先は釣った魚のようにピチピチ跳ねていた。それをじいっと見つめて、  もしも……、もしも、もっと敏感な場所を触れられたら…………  少年はゾクゾクした妄想で頭がいっぱいになり、そっとズボンの端を持ち上げた。おそるおそる蔓を(つか)んだ手を近付けていく。魔女の持ち物を私用する背徳感は、幼い少年の慾望に火を点けた。 「ああ!」  想像以上に気持ちが良くて、少年は反射的に腰を上げて自身を差し出した。魔法の蔓は心得ているように抜き身をなぞり鈴口を(ねぶ)る。  放心しているトルトルの近くで、そろりそろりと二本目、三本目の蔓が鉢植えから伸びてくる。シャツの隙間から忍び込んできたので、朦朧(もうろう)とした意識でボタンを外した。餌を見つけた獣のようにさらに数本太い蔓が柔らかな身体を這った。  納屋の戸は閉められている。誰にも見られていないと思うと安心して少年は大胆になった。  ランプの光はこうこうと照り、少年に何本もの蔓が絡まった。壁に映る黒い影が踊っている。  ズボンを脱いだ細い脚に新しい蔓が巻き付いた。  小さな鉢にどうやって収まっていたのか、太さの様々な緑の蔓が次々と生えてきた。最初から植えてあった細長い葉も、百合に似た蕾もそよとも動かない……。  少年の喘ぎ声が大きくなると、蔓の動きが獰猛(どうもう)になり、しだいに身体をぐるぐる巻きにして締め付けてきた。身動きの取れないトルトルは魔法の蔓に操られているかのように万歳をする格好になり、悶えて半身をひねると片足を持ち上げられた。  指の太さほどある一本の蔓が、あられもない姿で横たわる少年の目の前にやって来た。先端からじわりと乳白色の液体が(にじ)み出る。とろりとした液を見せると、蔓はするすると移動して少年の太ももに張り付き、ゆっくり這い上がってきた。秘部に到達するとぬるぬるした液体と一緒に盛んに先端を押し付けてくる。中に入りたがっているようだ。 「だ……ダメだよ……ッ!」  身体の内側に何があるかを知らない少年は快感に吐息を漏らしながらイヤイヤをした。相手は聞く耳をもたず執拗に秘部をこじ開けようとする。  白い液体が潤滑剤(じゅんかつざい)となり、緑の蔓がぬるりと浸入した。身体の内に異物が入ってくる。 「!!!」  トルトルは恐怖でおののいたが、しばらく内を(こす)られているとだんだん気持ちの好い場所があることに気が付いてしまった。蔓に巻き付かれて動けない身体をのけぞらせて、懸命にそこを探った。  真っ赤な抜き身を絞り上げる太い蔓は緩急(かんきゅう)をつけて上下した。(ゆる)くてもの足りないかと思えば、急に強く食い込んで許容量以上の快感を与えてくる。  トルトルはもはや理性が吹き飛び、赤ん坊の喃語(なんご)のように意味を持たない声を上げていた。慾望する身体に呼応して、少年を穿(うが)つ緑の蔓は淫らな音を立てながら秘密の道を犯す。  少年が最後に見たのは、今まで黙として事の成り行きを見守っていた百合の蕾がおごそかに花開いていくところだった。鬼百合のように花弁がめくれ上がり、六本の長い雄しべと中心の柱が少年を捕らえようと蠢いていた。  太い蔓は真の支配者に場所を譲るように少年の(いまし)めをわずかに解いた。ずるり、と魔法の本体ともいうべき大きな花が伸びてきた。トルトルは期待に目を見開き、直後に天を仰いだ。覆いかぶさってきた花は抜き身を(くわ)えるとぴたりと吸い付いて少年の拍動を呑み込んだ。  納屋の戸が解放されたのは次の太陽が昇ってからだった。少年は脱ぎ散らかした服をかき集めて前と後ろを確認しながら、夕べの鉢植えに目をやった。緑の蔓の群は幻のように消えていた。  魔法の植物は百合の蕾がふたつに増えた。花は固く閉ざされている。
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