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すれ違う高校生やバスを待つサラリーマンが、私を見ているような気がする。初めて学校をズル休みした私の抱く罪悪感を、全ての通行人に看破されていると思い込みそうになる。
全身を刺すような視線に、いや、実際は殆どの者が私に目など向けていないのだろうが。とにかく、刺されるような感覚に耐えられなくなった私は、俯いて目を伏せ、早足で、とにかく早足で逃げるように歩いて行く。
時刻は恐らく、始業の鐘が鳴り始めた頃だろう。ようやく人の波も疎らになり始め、ジリジリと感じていた息苦しさから解放される。俯いていた顔を僅かに正面に向けると、そこは石清尾山の麓だった。握りしめた際の深い皺と、緊張による手汗で役割を果たせなくなった下手糞な地図は、もう捨てた。
石清尾山は、実に小さな山だ。標高にして200メートル程しかない。小学生の足でも歩いて登れる上に、途中には広場やアスレチックコースなどもあり、休日ともなれば家族連れで賑わいを見せることもある。
訪れる者が少ない水曜日の午前中とはいえ、万が一誰かに出くわせば私の小さな冒険は終了だ。一人で山を登る、学校指定の制服に身を包んだ黄色い帽子の小学生など、不自然も極まれりというものだろう。学校や親に連絡が届き、しこたま叱られるのは自明である。私は、このまま舗装された道路を歩き続けるより安全だろうと、落ち葉の堆積した繁みへと分け入ることにした。何年分になるだろうか、土が見えないほどに堆積した落ち葉に、昨夜降った雨が染み込んでいる。何度も足を滑らせ、蜘蛛の巣を払いながらなんとか歩を進める。
どれだけ歩いただろう。家を出てから、ずいぶんと日が高くなったように思う。高松の街並みを見下ろせる場所まで歩いた私は、ランドセルを椅子代わりに使いその場に腰を降ろす。呼吸も落ち着いた。早速、給食袋から双眼鏡を取り出そうとし、はたと気付く。
先客がいたのである。女子大生くらいだろうか。白いTシャツに黒のロングパンツ、ラフに羽織ったカーディガンと肩までの短めの髪。そして、病的な程に白い肌と冷たそうな目が特徴的な女性。
人に会わないように苦労して繁みへと分け入ったのに。何でこんなところに人がいるんだと、こんな不条理が存在してたまるものかと叫びたい衝動に駆られる。
だが、かろうじて私の口から出てきたのは
「綺麗だ......」という、自分でも何故そんなことを口走ったのかも理解できない一言だった。
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