恋は残酷だ

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恋は残酷だ

目を覚ますと部下たちがせわしなく働いていた。なにか焦っているようにも見えた。そこで近くのウィッチに声をかける。 「なぜ急いでいるのだ?」 「ああ、魔王様150年ぐらい寝てたのですよ。魔王になったので寿命もかなりのびています。それに、魔王の権限や魔法をすべて受け取ったので、体がだるくなるのも無理はないです。それにあと数日で勇者が来るんです。だから急いでいるのです」 なるほど、そういうことか。人間でいうと、もうヨボヨボのジジイか、すでに死んでるな。それに勇者か、まあ余裕だろうな。 寝る前のことを思い出していく。すると月の光がうつった僧侶の目を見たところで、思考が止まる。なんて美しい目だったんだろう。これはそいつを食いたいということなのか?それとも違うのか?近くにいたサキュバスに聞いてみる。 「少々問いたい。お前が男の精を餌にするのと、俺が人間の肉を食べるのでは同じか?」 「はい、そう捉えるべきでしょう」 少し妖艶な笑みを浮かべながらそいつは言った。 「お前はその『餌』に特別な感情を抱いてしまったことはあるか?」 「...一度だけあります。その男はずいぶん痩せ細っていました。ですがそのとき飢えていた私は、無理やりその男の精を奪おうとしました。その男、何て言ったと思いますか?『僕は僕の体が邪魔だから、お食べ』なんて言ったんです。その男のお陰で私はここにいます。その男に会えるものなら会いたいと思っています」 サキュバスのようなものでもそういった経験があるのか。 「魔王様も抱かれたのですか?特別な感情を」 「ああ、俺もある。話そう。そいつを食いたいと思っていたのだが、いろいろあって食えなかった。ただそいつを殺したという事実だけが俺の心に深く刻み込まれた。会えるものなら会いたいな」 「魔王様、それを人間の言葉でなんというか知っていますか?」 表情を変えずに、そいつは言い出した。だがその目には妖艶さはなく、ただこの感情を共有したいと思っているだけの目であった。 「『恋』と言うのです」 恋、恋か、なんて美しい響きなのだろう。これが恋なのか。 「良いことを聞いた。仕事に戻ってよいぞ」 「はい、ありがとうございます」 -数日後- 「魔王!俺はお前を倒しにきた勇者だ!諦めて俺にやられろ!」 勇者の手は震えていた。俺が怖いのか。そうか、勇者も震え上がるほど俺は人間離れしているのか。 「お前の好きにはさせん!」 と、戦士 「みんなを助けるのよ!」 と、魔法使い。そして 「世界に光を取り戻すのです!」 俺は驚愕した。あのときの僧侶とまったく同じ顔だ。それに今なら分かる。オーラも同じだ。それにあの目。なんて美しいのだろう。心臓がドキドキする。俺にまだ心臓というものがあればの話だが。今の俺にあの人を食べる資格はあるのか? 「『スリープ』数時間眠っていろ」 勇者、戦士、魔法使いを眠らせた。これで僧侶と一対一だ。 「な、なんのつもりですか」 「...『ツタ拘束』」 そう唱えると、地面を割って植物が出てくる。そして僧侶の全身に巻き付いた。 「な!離しなさい!」 怯えている。だがそんな怯えもすぐになくなる。死ぬのだからな。 「『ナイフ』」 唱えればその物体が出てくる。便利な魔法だ。 「い、いや...」 恐怖で声も出ないらしい。すぐに楽にしてやる。と思ったが体が思うように動かない。後ろから拘束魔法をかけられている。 「お前の...好きには...させない」 勇者が起きた。なんて根性だ。それかスリープ耐性のアクセサリーをつけていたのか。 「勇者様!」 僧侶が涙を流しながらいう。選ばれたのは魔王ではなく勇者だ。当たり前だ。魔王との恋愛なと誰もしたがらないはずだ。 「このエクスキャリバーでお前をぶったぎる!」 宣言通り、剣は俺の肩に切り込みをいれ、そのまま右腕を切り落とされた。そして神のような速さで右足も切断される。俺は立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。 「さらばだ」 勇者は俺の顔に狙いを定め、思い切り突き刺した。ああ、死ぬのか。 悪役は残酷だ
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