君の隣で

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 ごつごつとした感触に目が覚めた。顔を上げると、晃宏の微笑みにぶつかった。 「起きちゃいましたか?」  残念、とでも言うように晃宏が名残惜しそうに自分の肩を見つめる。 「絢音さんの寝顔が見られるなんて珍しいのに」 「あんまり、見ないでください」  直球な晃宏の言葉に思わず顔を覆う。惜しげもなく投げられる言葉をどうやって受け取ったらいいのかわからない。晃宏がふっと笑い声を漏らした。  その声に気づく。まだ、秋葉原に着いていない。 「眠れませんでしたか?」  次は有楽町と電光掲示板に出ている。秋葉原はまだまだ先だ。 「いえ、なんだか少しもったいなくて」  晃宏が絢音の手を握りなおす。 「途中で降りてみませんか?」  晃宏がちゃめっけを出しつつ絢音に言う。ご飯は食べに行ったことがあるし、イレギュラーに途中下車したことはあるけれど、その提案ははじめてだ。 「……もしかして、具合よくないですか?」 「バレました? ちょっと外の普通の風にあたりたいです」  少し顔が白い。次の有楽町で降りれば、晃宏も1本で帰れる。 「はい。降りましょう」  その言葉は轟音にかき消されたけれど、頷いた仕草は伝わったらしい。晃宏が片耳を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。もしかしたら、絢音が眠っている間、我慢していたのかもしれない。  電車がゆっくりとスピードを落としてホームに流れ込む。ホームドアが開くのももどかしそうに晃宏がホームへと踏み出し、一直線にベンチに向かう。 「すみません、ちょっともう倒れてしまうかもと思って」  晃宏が深い息をつきながら、晃宏に追いついた絢音に言う。 「いえ、我慢してもらわないほうが嬉しいです」  むしろ、絢音がついてこれたということは、ベンチに行く歩幅まで絢音に合わせてくれたのかもしれない。 「ちょっと休めばよくなりますから」 「はい、大丈夫ですよ。ちょっと、車内の音は大きかったですね」  いつものようにゆっくりと背中をさする。途中で膝掛けも肩にかけて、水を渡す。  感染症の影響で、ホームにいる人はまばらだ。電車の中を駆け巡る風は冷たいけれど、ホームの外の風は暖かいくらいだった。  ホームから覗く青空や高層ビルの窓が反射する光に目を細める。目の前では山手線が、反対側では京浜東北線が慌ただしく入っては出ていくのを繰り返す。電車を待つ人々はマスクをしながらも少し表情が明るくて、恋人たちは久しぶりの逢瀬に少し照れくさそうにしていたりする。 「絢音さん、ありがとうございます」  少し気分が良くなりました、と晃宏が体を起こす。顔色を伺うと確かに先ほどより血色が良くなっている。 「よかったです」 「すみません、せっかく来ていただいたのに」  謝る晃宏はどこか悔しそうで、痛そうだった。 「いえ、そんなことないですよ」  目まぐるしい世界の中で、緩やかな時間に包まれたベンチの上は、絢音には心地よくて、そこから見える世界はとても、色づいていた。 「晃宏さんとでないと見えない世界です」  ホームのベンチに長く座ることはほとんどない。晃宏が一緒だからこそ、見える世界がある。それはツラい景色が多いかもしれないけれど、その中に、素敵な光景もきっとある。晃宏とだから見えるあざやかな景色が必ずある。  絢音が笑いかけると、晃宏は 「絢音さんには負けるな」  と笑いながら、顔を背けるように下を向いた。  左手で顔を覆いながらもう片方の手を伸ばして、絢音の手をとる。 「絢音さん、このあと時間ありますか?」  微笑むその頬は少し濡れていて、絢音の見える景色にまたひとつキレイな優しいものが加わる。  絢音は、もちろんです、と答えた。
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