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眠らせて
久々に乗る電車の中は想像以上に音が響いて、窓から吹き荒ぶ突風がきつかった。
絢音に無理やり会いに行って約束を取りつけて、あまつさえ告白まで勢いでしてしまって、正直今日どんな顔をすれば良いのかわからなかった。穴があったら入りたいと何度思い返しては身悶えただろうか。
けれど、怖いような楽しみなような気分で待っていた晃宏のもとに、初めてのときみたく駆け寄ってきた絢音を見て、そんなことはどうでもよくなった。
つないだ手は手袋越しでも温かくて、隣に座ったときには、もう一度絢音の隣に座れたことに、胸が熱くなるほどだった。
けれど──。
頼りない膝に顔を突き合わせながら目を瞑る。
自分にほとほと嫌気がさす。格好つけたい日さえもうまくいかない。
ぐわんぐわんと鳴るように痛むこめかみをぎゅっと押さえる。体力は電車の中でだいぶ使い切ってしまったのか、マラソンを走りきった後かのようだ。
救いは、絢音が晃宏の背中をいつかみたく優しくさすってくれていることだった。
外の風はどちらかというと暖かくて心地よく、絢音がいる右側もポカポカとしていた。その温もりにも助けられて、30分ほど休むとなんとか持ち直した。
「少し気分が良くなりました」
体を起こすのには勇気がいったが、絢音は「よかったです」と微笑んでくれた。
「すみません、せっかく来ていただいたのに」
無理はしないつもりだったが、1周も耐えられなかったのは自分でも少しショックだった。そして、そんな自分に絢音は嫌気がさすのではないかと、また心が縮こまる。
「いえ、そんなことないですよ」
絢音はあっさりと答えると、前を向いた。釣られて前を向いて、ビルから反射する光に目を細める。
「この景色、すごくキレイですよね」
絢音が言いたいことはわかる気がする。普通の景色だけれど、じっくり見る世界は不完全に美しかった。
「晃宏さんとでないと見えない世界です」
絢音が晃宏に笑いかける。
その顔がぼやけた。思わず、体をおる。
「絢音さんには負けるな」
ごまかすように上げた笑い声はかすれていなかっただろうか。声は震えていなかっただろうか。
絢音の言葉が晃宏の縮こまった心を、ささくれそうな思いを柔らかく癒してくれる。
晃宏の世界を灯してくれるのは、絢音だ。
晃宏は、片手で頬を覆いながら、もう片方の手を絢音に伸ばした。
手袋越しでも、その手の温もりがはっきりとわかる。
「絢音さん、このあと時間ありますか?」
「もちろんです」
絢音がこぶしを作って晃宏に応えてくれる。その姿にまた癒されながら、晃宏は荒く顔をぬぐうと精一杯の笑顔を絢音に返した。
行き先は新木場にした。電車でもバスでも行けるが、大事をとってタクシーに乗った。
「私、前から思ってたんですけど、このアクリル板、映画の護送車を思い出しません?」
「わかります。金網が普通ですけど、映画のワンシーンで出てきそうですよね」
話が話だけに、絢音と顔を近づけてひそひそと会話を交わす。絢音の香りがすぐ近くに感じられて、心臓に悪い。ちらりと絢音を伺うと、こちらを見ていた視線がパッとよそを向いた。絢音の頬が心なしか朱に染まる。
「照れてます?」
あえて耳元でささやくと、絢音が耳を押さえながら、ぶんぶんと首をふった。
そんな姿も可愛らしくて、少し笑ってしまう。
汗ばんできた手袋を外して、そっと絢音の手をとった。いつも緩く握る手を絡めて、指をなぞる。絢音がぎゅっと目をつむった。その姿は少し刺激的で気にしていないのを装うように窓の方を向く。神経は全て絢音の手を感じているのに、まるで気にしていませんよと主張するように窓の外を眺めるふりをする。
そうやって、飽きもせずに絢音の指を触っていたら、新木場駅に到着した。
「もう、晃宏さんっ」
タクシーから降りると、絢音が晃宏の脇を軽くたたく。
「なんですか?」
笑いながら聞くと、絢音はふいっと横をむく。
「ああいうのを外でされるのは困ります!」
「ああいうのって?」
「もう、自分に聞いてください!」
外じゃなければいいのかとも聞きたかったけれど、そろそろ絢音が本当に拗ねてしまいそうで、やめておいた。
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