1.白、世界

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 オムライスにスプーンを差し込む。黄色い食べ物だと思っていたのに、中から赤い粒々が姿を現し、思わず手を止めた。 「これは何?」 《オムライスです》  この問いに対しては即答だった。 「それはさっき聞いた。この黄色いのと赤いのの正体を聞きたいの」 《外側は、卵を薄く焼いたものです。中はケチャップライス。ご飯をケチャップで炒めたものです。ちなみに卵の上にかかっているソースもケチャップです》 「……あなたが言っていることはさっぱりわからない」 《そうですか。申し訳ありません》 「やっぱりもっといろんな言葉を知りたい」  再び沈黙。この要望に応える気がないということなのか。 「言葉だけじゃない。いろんなことを知りたい。あなたともっと話したい。でも、今私が知っている言葉だけではあなたとうまく話せない。だからもっと言葉を教えてほしい」 《どうして?》  言葉を重ねると、ようやく返事があった。 「何が?」 《どうして、話したいと思うのですか?》 「それは……」  つま先に目をやる。靴下の上の方が少し余っているのが見える。大きさが合わないのかもしれない。 「よくわからない。でも、あなたの言葉が理解できないのは、嫌なの」 《そう、ですか》  次の声が聞こえるまで黙っている。待っていると、再び声が聞こえた。 《言葉を知ることで、今まで見えなかったことが見えてきて、苦しくなったとしても、知りたいと思いますか?》 「……今あなたが何を言っているのか、理解できない。もちろん、言葉は聞き取れるし、それぞれの言葉の意味も大体知っている。でも、全然わからない。この状態が、嫌なの」 《知識が増えれば、その分考えることが増えます。それでもいいですか?》  おそらく、易しく言い換えてくれたのだと思う。だが、私はまだ理解できていなかった。  でも、この機会を逃したら教えてくれない。直観めいたものがあり、大きく縦に首を振った。 「いい。教えてほしい」 《……わかりました》  声が答えると、突然箱が動き始めた。体がびくりと震える。 《お渡しするものがあります》  箱が上昇し、再び下がってきた。ボタンを押して扉を開き、中をのぞく。  本だ。  形状を見て、唐突にそう思った。  右手を差し込み、中に入っているものを引き出してみる。  重い。片手でやっとつかめるほどの厚みがあった。  その本の表紙には文字が書いてある。そう、私はこれを文字だと認識している。  声に出して読んでみる。
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