第4話

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 紺野さん、と呼びかけると彼はビクリと肩を震わせた。  ぎこちなく振り返った紺野は、碧衣と目を合わせようとしない。 「か、金沢さん」 「今日、お時間いただいてもいいですか」  口調は質問だが、否と言わせない強い響きがあった。  碧衣の冷たい視線に射抜かれて、どもりながら彼は了承する。 「では、バイトが終わったら」  それだけ言い捨ててその場を去った。  バイトが終わると、紺野は碧衣のもとにやって来た。逃げるかなと思っていたので、少し意外だった。 「金沢さん、その……話って」  問いには答えず、ついて来てくださいと歩き出す。  しばらくは黙ってついて来ていたが、沈黙に耐えかねたのか紺野は大声を出した。 「金沢さん! どこに行くつもりなんだ? どうして何も言わないんだ? どうしてそんなに平然としていられるんだ!」  叫びにちらりとだけ視線を投げてやる。  紺野は眉を歪め、歯を食いしばっていた。いかにも後悔しているという顔をだった。碧衣はひっそり笑う。 「あの時も、君はどうして何も弁解をしなかった! どうしてそんなのはウソだと言ってくれなかった。そしたら俺だってあんなこと……」 「紺野さん」 「寝取ったなんてウソだった。君は初めてだったじゃないか!」  彼は両手で顔を覆う。 「それなのに俺は……俺は……」  碧衣は足を止めて振り返る。 「もういいんですよ」  静かに言うと紺野は顔を上げる。何を言われたのか分かっていない表情だ。  もういいんです、と再び繰り返す。 「それは、どういう……」 「さあ、着きましたよ」  彼の台詞をさえぎって、手で先を示す。  ポツンと開けた敷地の中央に、崩れかけている神社があった。むせ返る緑の中、そこだけは古い写真のように色あせている。  どこか遠くでカッコウの鳴き声がした。  当惑している紺野を置いて、神社に歩いて行く。慣れた足取りで階段を上り戸を開けた。慌てて紺野も追ってくる。  碧衣が中に入ると、紺野も恐る恐る足を踏み入れた。 「金沢さん、ここは何なんだ? どうしてこんな所に連れて来たんだ? 人のいない場所で昨日のことを話したいなら、何もこんな所まで来る必要はなかったんじゃないか?」 「だから、もういいんですよ」  碧衣は彼に向きなおる。 「だってあなた、これから死ぬんですもの」  戸口で床がギシリと鳴った。  ハッと振り返った紺野は悲鳴を上げる。  入口には得体の知れない、大きな獣がいたからだ。  獣は碧衣を見とめると、ままと鳴いた。 「あら、藍。私はお前の花嫁になったのだから、これからは碧衣って呼んでくれなくちゃ」  たしなめると藍は、あおい、と首をかしげる。 「そうよ。それが私の名前。お前と同じ、色の名前」  藍は嬉しそうに「あおい、あおい」と繰り返した。その姿がとても愛おしかった。 「金沢さん……」  紺野はそんな碧衣に、化け物でも見るような目を向ける。顔色は真っ青だった。 「さあ、藍。食べていいよ」  紺野の口から絶叫がほとばしり、碧衣はそれを微笑んで見ていた。
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