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第1話
その神社は梅雨の恵みを受けた木々が生茂る山の中、ポツンと空いた敷地の中央に建っていた。
周りはむせ返るような濃い緑だというのに、その神社は色褪せてみえる。鳥居も元は赤だったのだろうが、今は風雨に晒されてすっかり色が抜けてしまっていた。
神社に来るまでは鳥の声や虫の姿があったというのに、ここには生き物の気配を感じない。
周囲から置いてけぼりをくらったようなこの場所に、碧衣は何だか心細さを抱いた。
それが今の気分に合っていたので、一歩足を踏み入れてみる。誰にも顧みられないここなら、自分がいてもいい気がしたのだ。
背を押すようにしけった風が吹き、豊かに波打つ髪をかきあげる。碧衣は彫刻のように整った顔をしかめた。
碧衣は石畳を渡って神社に近付く。両開きの戸の前には賽銭箱は見当たらない。ひょっとしたら撤去されてしまったのかもしれない。
ここは、きっと捨てられた場所なのだ。
碧衣は階段の土と落ち葉を払うと腰掛けた。学生カバンは足元に置く。
両膝の上で頬杖をつき目を閉じると、どこか遠くでカッコウの鳴き声がした。
ここも少ししたら夕闇に飲まれてしまうだろう。電灯の一本もないのだから、日が暮れる前に帰らなければ。
頭ではそう想うのに足は動かない。
気詰まりな家を思うと、もうしばらくはここでぼうっとしていたかった。
鳥のさえずりと木の葉がこすれる音に耳を傾けていると、妙な音が混ざっていることに気付く。
とてもかすかな音だったので、初めは空耳かと気にしなかった。だが、次第にその音がする間隔が短くなり、どうにも無視できなくなる。
「ちーちー」
という小動物の鳴き声に似た音である。ネズミでもいるのだろうか。
声の主は碧衣の近くにいるようだ。耳をそば立てていると、鳴き声の他にカリカリと何かを引っかく音も聞こえる。
ひょっとして中にいるのだろうか。
立ち上がって格子戸を覗いてみるが、中は暗くてよく分からなかった。
見たところ、戸にカギはかけられていない。
一瞬、迷ったものの碧衣は戸に手をかけた。
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