突然ですが、兄貴になりました

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思わず警戒してしまうと、あの荻野先輩が俺の頭をぽんぽんってしたんだ。 驚いて顔を見上げると 「飯、美味そうだぞ」 って、声を掛けて来た。 ふわりと笑った顔は優しくて (あぁ…、章三が絡まないと良い人なんだな…) そんな事を考えて中に入ると、兄さんと田中さんは既に座って待っていた。 (き…気まずい…) って思っていると、みんなが気を遣って手前に座る兄さんから1番離れている奥に俺を押し込む。 兄さんが何か言おうと口を開いたのに、みんなが話が出来ないように話題を次から次へと振るから、会話は今だに出来ないまま。 でも、食事はなんだかんだと楽しく終わった。 (結局、気を遣わせてるんだよなぁ~) 食事が終わり、部屋の一畳ほどの窓辺のテラスでぼんやり外を眺めていた。 蒼ちゃんと章三はお土産を買っていて、俺は先に部屋に戻っていた。 旅館の目の前には湖があり、満月が湖面に写って凄く綺麗だった。 (こんな筈じゃ、なかったんだけどな…) って考えていると、部屋のドアをノックされる。 一瞬、ドキリとしながらドアを開けると、田中さんが立っていた。 「少し、よろしいですか?」 って言われて、中へ招き入れる。 そう言えば…田中さんと二人きりって初めてかもしれない。 食事を終えて布団が敷かれた部屋で、俺はさっきまで自分が居たテラスの椅子に二人で座る。 「落ち着きました?」 ぽつりと田中さんに言われて、俺は小さくなる。 「ご迷惑をお掛けして…すみません」 そう呟いた俺に、田中さんは小さく微笑んで 「それは良いんですよ。葵さんは、人に気を使い過ぎです。でも、今回が翔さんと初めて喧嘩なさったんですってね」 微笑んで話す田中さんは、大人の余裕があって落ち着いている。 「実は…翔さんのことですけど」 突然、核心を着いてきてドキリとすると 「葵さんをないがしろにしている訳では無いのですよ。」 そう言うと、ゆっくりと窓の外を見つめた。 「翔さんのお母様は、出産が原因で亡くなったのはご存知ですか?」 田中さんがポツリと呟く。 「元々、お身体の弱い方で、子供は望めない方でした。ですが、翔さんを身篭って、絶対に産むと言ってききませんでした。出産なさって1週間後ですかね。容態が急変なさって、息を引き取られたんです。ですから、翔さんに取って出産は皆様と同じ考えではないのですよ。命を奪うかもしれない、一大事なんですよね」 そう言うと、ゆっくりと俺を見て 「京子様が妊娠で倒れられた時、葵さんがかなり取り乱されたと聞きました。翔さんは、葵さんの笑顔を守る為ならなんでも出来てしまうのですよ。そう、苦手な家事でさえ」 って続けた。 「今回の旅行も、本人は楽しみにしてはいたのですが、京子様が出産で双子を産まれてかなりお疲れの様子だったので、心配なさっていたようです」 田中さんの言葉に、俺は声を失う。 「葵様を大切にしているつもりが、ご本人に対しての配慮がなされていないのは大問題ですので、私からきつくお灸を据えておきました」 田中さんはそう言うと優しく微笑んで 「葵さんも、溜め込むのは止めて下さいね。思った事、感じた事はすぐに直接本人に伝えてあげて下さい。もし、それで喧嘩したら、蒼介さんなり私や章三さんに連絡してくれれば良い。みんな、あなたが大好きです。どんな時でも、協力してくれると思います」 って続けた。 そして 「翔さんが一番大切なのは、葵さんなんです。それだけは、信じて上げて下さい」 と言われた。 「おそらく…翔さんも戸惑っているんですよ。人と真っ直ぐに向き合って恋愛した事なんてほとんどなかったのですから」 田中さんの言葉に、俺は自分の我儘さに落ち込んだ。兄さんはいつだって、俺達家族のことを考えてくれているのに…。 俺は自分の事しか考えていない事が恥ずかしくなった。 「あ!でも、恋人の部分で甘えたいって気持ちも分かりますよ。その辺は、蒼介さんが上手ですから、教わると良いですよ」 って、冗談ぽく言ってウインクした。 この人は…何をしてもカッコいいんだよな。 思わず尊敬の視線を向けると 「あの翔さんが、完璧なお兄さんを頑張ってる姿は、見てて微笑ましいですけどね」 田中さんだから分かる、兄さんの変化。 俺も、もっとちゃんと兄さんと向き合わなくちゃいけないのかもしれない。 いつだって、笑顔で受け止めてくれている兄さんを待ってたらダメなのかもしれない。 俺は兄さんに甘えてたのかな? ぼんやりとそう考えていた。
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