突然ですが、兄貴になりました

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電車を乗り継ぎ、湖の畔に佇む立派な旅館に辿り着いた。 当初、田中さんの運転で行こうという話になったけど、みんなで楽しく行こう!という事になり、電車での移動になった。 「別に…運転しても良かったのに…」 って苦笑いする田中さんに 「たまには電車も良いじゃないですか!」 と、俺達は笑顔で答えた。 …そう、1人を除いては。 兄さんは心ここに在らずという感じで、ぼんやりと窓の外を見ている。 「どうしたの?翔さん、具合悪いの?」 章三にまで聞かれるくらい、兄さんはぼんやりしていた。 旅館に着いて、いざ部屋決めという時に…俺の堪忍袋の緒が切れた。 みんなが楽しそうにしてるのに、兄さんだけがぼんやりしている。 「そんなに気になるなら、兄さんは帰ったら?」 ぽつりと呟くと、兄さんが驚いた顔で俺を見る。 「ずっと、心ここに在らずでさ。みんなに気を遣わせて。そんなに彗と舞衣が心配なら、先に帰れば良いんだよ!」 俺がそう叫ぶと 「葵…」 って、兄さんが困ったように呟く。 「元々、来る気無かったんだもんね!無理して付き合わなくて良いよ!」 俺はそう叫んで蒼ちゃんから鍵を奪うようにして受け取ると、部屋へと1人で入った。 (何だよ!彗と舞衣ばっかりで、俺なんかどうだって良いんだ!) 溜まっていた鬱憤が吹き出した。 彗と舞衣が生まれて、まだ1ヶ月と少しだけどさ…。 俺の為には剣道を休んだ事無いくせに、彗と舞衣の為に1年間も休みを取った。 家でも彗と舞衣中心で、俺との時間なんて無いに等しい。 たった1ヶ月だけど、寂しくなかったと言えば嘘になる。 きっと兄さんは、もう俺の事なんかどうでも良いんだ。 そう考えたら涙が止まらない。 ぐずぐずと部屋で泣いていると、部屋の鍵が開く音がしてドアが開いた。 今、兄さんには会いたくないって思っていると 「あおちゃん、大丈夫?」 って、蒼ちゃんの声だった。 「蒼ちゃん…」 泣き顔で蒼ちゃんを見つめると 「やっぱり…。泣いてるんじゃないかと思って、今日は僕と同室にしといたよ」 そう言って蒼ちゃんが荷物を置いた。 「翔には…田中さんが説教してる筈だから…」 と、蒼ちゃんが悪い顔で微笑んだ。 「蒼ちゃん!」 俺が蒼ちゃんに抱き着くと、蒼ちゃんは優しく抱き締めて頭を撫でてくれた。 久しぶりの蒼ちゃんだけど…、蒼ちゃんから香る香りは昔と違っていて、少しだけ寂しかった。 「兄さん…帰らなかったの?」 真剣に訊くと 「え?帰ると思ってたの?」 と、蒼ちゃんが驚いた顔をした。 「あのバカ…」 ぽつりとそう呟くと、優しく俺の頭を撫でて 「あおちゃんがどう思っているのかは分からないけど、あいつがあおちゃんを置いて帰るとか絶対に有り得ないから」 って、苦笑いした。 「そんなの分からないよ!兄さんは、俺より血の繋がった彗と舞衣が可愛いんだから…」 思わず漏れてしまった言葉に、思わず涙が溢れ出した。 そうなんだ。 ずっと怖くて、口に出来なかった思い。 彗と舞衣は兄さんと血が繋がってるけど、俺と兄さんは赤の他人。 それが時々、無性に不安にさせる。
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