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「仲直り…なさった方が良いですよ。翔さん、今、外に散歩なさっています」
田中さんに背中を押されて、俺は部屋を飛び出した。
旅館の外に出ると、山奥だからなのか少しだけ涼しい。
月明かりが照らす湖畔を走っていると、ボート乗り場の椅子に座って空を見上げている兄さんを発見した。俺は走って背後から近付き、背中に抱き着いた。
「え!うわ!びっくりした。葵?」
驚いた顔をする兄さんに
「今日は…ごめんなさい」
って謝る。
「俺、自分の事ばっかり考えて、兄さんの気持ちを考えてなかった」
俺がそう言うと、兄さんは困った顔をして
「いや、俺の方こそごめん。葵の気持ちに気付いてやれなくて…」
と言って俺をそっと抱き締めた。
「寂しい思いをしていたなんて、全然気づかなかった」
そう言われて
「あのね…。弟としては、大満足なお兄ちゃんだよ。でも…俺達って兄弟の前に、恋人だよね」
って、兄さんを真っ直ぐに見つめて呟く。
「俺さ…兄さんとは……。翔……さんとは、兄弟である前に恋人でいたいんだ」
「葵…」
俺の言葉に、兄さんが驚いた顔をした。
「俺…ガキだし、蒼ちゃんに比べたら色気ないかもしれないけどさ。でも、俺だって男なんだ。翔さんに触れたいって思うし、もっと恋人として一緒に居たいんだ」
思っていた事を、必死に伝えた。
「葵…。俺は一度だけ、お前を傷付けそうにそうになった事がある。嫉妬から、無理矢理お前を抱こうこした。あれ以来、又、お前を傷付けてしまうんじゃないかと思って怖かったんだ」
ぽつりと呟く兄さんに、俺は疑問の視線を投げた。
「え?…もしかして、忘れてる?」
「あったような…無かったような?」
思い返して…確かに一度だけ、強引にキスをされた事があった。
あれは、演劇部の部長の西園寺先輩と話していて遅くなったときだった。
ずっと兄さんに片思いしている西園寺先輩が、俺を好きだと勘違いして無理矢理強引なキスをされて泣いた事があったのを思い出す。
「あ!…あった」
思わず呟いた俺に、兄さんはガックリ肩を落とす。
「そっか。あんな前の事、ずっと気にしてたのか…」
ぽつりと呟くと
「あの時、二度と同じ過ちは繰り返さないって決めたんだ」
そう呟いた兄さんの横顔を見て、胸が苦しくなった。
「もしかして…だから俺にキスしかしないの?」
俺がハッとして叫ぶと、兄さんは困った顔で苦笑いを浮かべた。
「そばにいると触れたいと思ってしまうし、でも、それはまだ葵の気持ちが固まってからって思っているうちに…月日だけが過ぎてしまったんだ」
ポツリ、ポツリと話す兄さんに抱き付くと
「俺こそ、ごめん。そんな風に考えてるなんて、思っても無かった。俺の方こそ、そんなに傷付けてごめん」
そう呟いた。
すると兄さんの手が俺の髪の毛を優しく撫でて
「これからは、お互いに思った事をもっと話そうな」
って呟く。
俺は何度も頷いて
「俺、もっと我儘になる。だから翔……も、二人だけの時は我儘になって欲しい」
そう言って、真っ赤になってしまった。
やっぱり、兄さんを呼び捨てにするのは恥ずかしい。恥ずかしくて俯いていると
「葵……今…」
って、兄さんが呟いた。
そして俺の両頬を両手で挟むと、上に向かせて
「もう一回、呼んで」
そう言われてしまう。
兄さんの漆黒の瞳が、俺を真っ直ぐに見つめる。
俺は覚悟を決めて
「翔…大好きだよ」
って微笑んだ。
すると兄さんは嬉しそうに微笑んで
「俺も…愛してるよ、葵」
と言って、俺の唇に兄さんの唇が触れた。
それは、いつもの触れるだけのキスとは違う、甘い大人のキスだった。
何度か以前にもされた事はあったけど、最近、触れるだけのキスだったのは、あの事件が原因だったんだ…って反省した。
ゆっくりと唇が離れ、兄さんに優しく抱き締められて見上げた空に、流れ星が流れた。
「あ!流れ星!」
思わず叫ぶと、兄さんも空を見上げた。
満点の星空に、幾つもの星が流れる。
「ずっと翔と一緒にいられますように!」
流れ星にお願いすると、そっと兄さんの手が俺の頭を抱き寄せた。
「俺はずっと…葵のそばにいるよ」
そう囁かれて、再び唇が塞がれる。
俺は兄さんの腕の中で、この幸せが永遠に続きますようにって願い続けた。
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