プロローグ

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 ――おいおい、やっかいごとか?  助けを求める絶世の美女を救う役なら、舞台の上で何度も演じてきた。主役よろしくスマートに助けてやっただろうと思う。だが、このよくわからないものをかくまえって? 思わず身を引いた俺に、美女は満面の笑みをむけた。 「――ありがとうございます!」  違う。美女は俺を見ていない。背後をうかがえば、いけすかないコートの男が、黙って自身の足と窓の間を指さしている。そこに隠せということか? 同席の俺に断りもなく!? 「モルシアン」  女は布の塊を押し、俺の前を通り抜け、コートの男の長い脚のむこうにそれを押し込めた。そのまま身を翻し、 「あとで必ずお迎えにあがります」  そういって扉を閉めて駆け去った。名前を聞きだす余地もなかった。取り残され、ぼんやりとそれを見送っていた俺の背に、 「さっさと座れ」  低い声がかかる。コートの男のものだろう。振り返れば帽子の下で、薄い水色の瞳が俺を感情もなく見上げている。悔しいが、いい声で、なかなかのハンサムだと見て取れた。――じゃなくて! 「おい、なんで勝手に」 「座れ」 「俺に命令するな! 先に答えろ、なんで……」 「――座れ」  命令し慣れた声と、全身から発される威圧感に押され、俺はしぶしぶ座席に腰をおろす。不本意ながら上体を前かがみにし、男の方をむく――つまり、コンパートメントの扉に背をむけ、布の塊の前に体の壁を作ってやったのだ。 「不自然な真似をするな」  即座に男から注意が飛ぶ。俺は男を睨みあげた。
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