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それは、電車が気になる、朝の忙しい時間。
「えっ、また、あの車?停まってる…」
家を出て、駅に向かう道に出ると、白い車
が停まっているのが目に入った。しかも、
エンジンを掛けたままで「初めてじゃない」
と、鈍感な茉由が気づくくらい。だから、
たぶん、目立っている。それでも…
それに、セダンだから、作業車では、なさ
うだった。でも、茉由は、わざわざ近づか
ないから、車の中の人や、その、様子まで
は見えない。
「あっ、いけない!もう遅刻できないし」
本社に入って、二日目までは、出勤時間を
知らなかった茉由は、思いっきり遅刻をし、
恥ずかしかったことは覚えている。だから、
チャンと、駅まで茉由は急いだ。
それでも… やっぱり、走った事があまり
ない茉由は、走らない。急ぎ足だけれど…
スピードはともかく、本人としては、頑張
っていて、多少、見た目の勢いは出ている?
茉由は、やっと本社への通勤に慣れてきた。
でも、職場では、慣れない事もある… こ
れは、慣れないし、茉由は、それを認めた
くない。
「 おはようございます!」
「 おはようございます!」
「 おはようございます!」
「 おはようございます!」
「 おはようございます!」
ここのstaff達は、一見、個性が強そうで
も、もう、一つに纏まっている。茉由が、
ふと、皆の方を見たり、deskに居ると、皆
の顔は揃っている。茉由には、ありがたい、
良い職場環境かもしれない。でも…、
「あれ?マリンさんは...」
「コピーです」
チャッカリ者の乃里は、さっそく、点数稼
ぎ?に、自分の席から離れ、茉由に駆け寄
り、茉由の顔色を見ながら、deskのPCの
電源を入れてくれた。
茉由は乃里に会釈して、開かれたPCで、
急ぎ、自分の出勤の打刻をした。
「大丈夫よね!」
乃里の方を見ると、目だけは鋭い?造り笑
顔で👌のサインを出してくれた。
…ふぅ~、今日は、大丈夫だった…
でも…、
茉由の目の前には、cameraがある。
だから…
「 あいつ…また…」
高井は、眉間に皺を寄せ、右側の口角だ
けをあげて、呆れている。
「 ハァ~ 」
首を左右に傾け、「パキッ、パキ」と
音を出し、ため息をつくと、自分の
deskから、茉由のdeskへ内線を入れた。
『 おい! 』
「 はい? 」
『 いい加減にしろ! 』
「 えっ?GMですか? 」
『 あぁ~ 』
「 おはようございます。
なんで?アァ~!
ヤッパリ‼」
茉由は前方の壁の、上部に取り付けられた
cameraを睨みつけ、前のめりに、
座ったばかりのdeskの席から、ガタン!
と立ち上がる。
『 いいから‼ 』
「 ハイ? 」
『 仕事しろ! 』
「 で・す・け・ど...」
茉由は、また、cameraを見てしまう。
それを、高井は確認した。
『 おい! 』
「 ハイ? 」
『 cameraばかり、
み・て・い・る・な!』
『 いいな! 』
「 あのぅ…、
…ス・ミ・マ・セ・ン?」
『 ... 』
高井だって、朝は忙しい…
茉由は、察しが悪く、鈍感なので、皆も、
「忙しい」そんな朝でも、話は、スグに
終わらない。
「あのぅ…、
あっ、スミマセン、これ、
おか、しく、ない、ですか?」
茉由は、そのまま席に座り、前を向いたま
ま、そこには、他のstaff達も一緒に居る
ので、一応、コソコソと話してみる。でも、
高井が、イライラしていても気づかない。
『 あぁ~?』
…えっ、だって…、これって、
たとえ職場だって、
個人の…
「こんなに…、ですネ…
イッパイ…、cameraって…」
『 防犯‼ 』
高井は、面倒くさそうに、ユックリ喋る茉
由の言葉に間髪入れずに答える。
でも…、茉由も、高井がいつまでも、認め
ないので、だんだん、「大声」になる。
「 防犯‼
…ですか?」
…なんで?ここは、
1階じゃないでしょ…
『 そうだ‼ 』
いい加減、高井もイライラして、語気が強
まる。朝は、誰でも忙しい。
…ダメダメ、もう、無理。
朝なのに、朝でも、怖い…、
やっぱり…、
頑張ってみたけど…、
GMには、何をイッテも、無理…
「 ... ...」
『 仕事‼ 』
「えっ?
…はい」
高井は怒ったまま終わらせた。
茉由は首を傾げため息をつく。
ここは…、
マンションギャラリーではないから、
「???」
…これ…おかしいと、
…思うけど…
いつだって、
茉由が何かを言っても、どうせ、高井は考
えを変えない。
でも、
茉由は、このcameraが気になる。
これは、精神的によくない。
ほんとうに、こんな職場って、
問題、で、は、ないのだろうか…
こんなに、忙しい、朝から、
こんなに怖い、高井と、ワザワザ、
こんな、言い合いみたいな事になったのも
それなりの、気になる事が茉由にはあって、
つい、
cameraを見ちゃう、の、だし…
「茉由さん、私、
コピー室に行ってきます」
「あっ! はい?
イッテラッシャイ…」
これだって、茉由は、最初は、ゴクゴク、
普通の仕事上の事だと思っていたけれど…、
でも?鈍感な、茉由にも分かる?すぐに気
づくほど、
マリンは、一日に、何度も、
コピー室に往く…
「 ただいま、戻りました...」
「 お帰りなさい...」
けれど、マリンは、コピー室へ向かう時も、
戻ってきてからも、やっぱり、ゴクゴク、
普通だし、作業を済ませた、コピー済みの
書類もきちんとある。
それなのに、なぜ、
茉由は気になるのか…
それに…、なぜか茉由は、
そのたびに、
防犯?監視?cameraの方を視てしまう、
「 べつに…、良いけど…」
茉由はそう言ってみても、でも、まだ、
理解できない事が多い、高井の行動が気に
なる。
そう、
この、『コピー室』での、高井の行動には、
茉由は、思う事があるから…
それは、ほんの数か月前の…
関西での、
まだリーダーの時の高井の行動。
―
高井は、
関西では、
ここの他には、マンションギャラ
リーや、営業所、支店が、
まだ、ない事から、
このマンションギャラリーの、
バックヤードの事務所にいつも居る
ことになり、
業務担当の茉由とも、仕事中ずっ
と、一緒に居た。
茉由は、高井の隣に座っていた。
そこは「お気に入り」の席。
でも、茉由も、「お気に入り」と云
えども、優雅に接客だけしていれ
ば良いとのことなどなく、毎日が
バタバタで、
この二人は、お互いの仕事のため
に協力するなんて、忙しくって、
できない。
だから、
それぞれの仕事で、コピー室に駆
け込み、睨み合いながら、順番を
争ったことも有るほど、
とても、ラブラブなカンジには程
遠くなっていた。
それでも、そんな二人っきりにな
れるコピー室では、高井が癒され
ようと、
茉由をバックハグしようとするの
だが、茉由は、忙しいので、
6センチのヒールで、
高井の靴を踏んづける。
『イッテェ~、エ、ナァー!』
高井は、茉由を睨みつけるが、
「失礼致しました、私は、急ぎま
すので、暫く!お待ちください」
ここでは、高井と茉由の関係は、
今までの、高井が茉由を虐めるも
のから、茉由が、高井を虐げるも
のへと変わったのか、
このコピー室でのバトルは、
毎日の日課?
段々、高井と茉由のスキンシップ
の場所となっていた。
茉由は、毎日の仕事として、
コピーは必ずあるので、作業効率
を考え、決まった時間に、その作
業をするようになり、
そうなると、それに合わせ、高井
もコピー室へ入ってくるように
なった。
今日も、茉由がコピーをとるため
にここへ入ると、高井がすぐに入
ってくる。
ここの広さは、たぶん3畳ほどの
狭さ。
備品のストック棚も有り、二人と、
コピー機で、イッパイのカンジ。
だから、
シャガムこともできない茉由が、
コピー機の用紙を補充しようと
前のめりになると、
その後ろに高井がピッタリ張り
付き、抱きつかなくても、バック
ハグの状態になる。
茉由は忙しそうに、手を動かすが、
高井はただ、茉由の後ろで、
ニヤニヤしながら、茉由の髪をい
じっている。
茉由は、接客担当。身だしなみは
とても大事にしなければならない。
高井に、髪をグジャグジャにされ
ては困る。
茉由は、忙しいので、無言のまま、
コピー用紙を高井に押し付ける。
それでも、高井はチョッカイを止
める様子が無いので、
今度は、3枚必要なコピーを
33枚の設定にして、スタートボタ
ンを押してみる。
カシャン、カシャン、カシャン、
カシャン、カシャン、カシャン、
カシャン、カシャン……、
「 何やってるんだ!おまえ!」
高井がコピー機を「強制終了」
させる間に、茉由は、コピー室か
ら逃げ出した。 ―
…GMは、本社に入って、
また、元の、怖い人に戻ったけど…
茉由なりに頭を整理してみる。
けれど、
そんな、ほんの数か月前の、関西の事も
あってか、
マリンが、ただ、
ゴクゴク、普通に、仕事として、コピー室
に往っている、だけ、なのかもしれないの
に「あの、GMなら…」なんて、茉由は思
ってしまう。
茉由は、少し、この場に慣れてきたのか、
でも、
まだ、ちゃんと、シッカリと自分の仕事も
できていないのに、不器用で、鈍感なわり
には、余計な事には気が向くようだ。
高井は、そんな茉由を心配する。
ただでさえ、ドンクサく、与えられた事を
キチンと出来たことが無い茉由に、
新しい事をさせている自分にも責任がある
と、高井自身も、着任したばかりなのに、
茉由の事が気になる。
これは、男としてか、上司としてか、保護
者としてか、…
結局、高井は余計にイライラするし、
また、それに対して、茉由は戸惑う。
厄介なのは、こんなカンジで、高井が、気
分を害すると、茉由に直接、怒りをぶつけ
るだけならいいのだが、
下手をすると、それだけでは収まらずに、
周りを巻き込んでしまうので、茉由は、
それが一番困る。
…ぅ~ん?
そう…、また…なの?…
前に…、
女性だけのマンションギャラリーで、
亜弥さんとの仲を見せつけられたけど…
…また?
今度は、マリンさん?
…なの、かなぁ…
GM、大丈夫かなぁ…
本当に分からない…
そうだった…、
高井は、茉由に、「ワザト」、のように、
「大掛かり」に、面倒くさい事もする…
だから、なんだか、
よけいな詮索をしてしまうのかもしれない。
高井がが関西に飛ばされる前まで…、
あの時は、まだ、亜弥は、営業担当の、
チーフで…
―
「 あー、リーダー、お疲れ様です。
でも、チョッと、密着すんの、
止めてくれます?
そいつ、俺の、ですから!」 ―
同期の茉由を守るため、佐々木は、
高井に
ストレートに言い放った。
この時、高井は、
これに直接の返事をしていない。
でも…、
高井が創った、
女性だけの
マンションギャラリーでは…
目の前にいる高井は、茉由に近づかずに、
美しい、茉由には眩しい亜弥チーフの横に
常にいた。
その高井のくっ付き様は、以前の茉由に対
するものとソックリだった。でも、
亜弥チーフは、それが当たり前の事の様に
させている。
初めて、されたこと、では、ない様に。
ここは、完全予約制の、女性だけの上品な、
こじんまりとした職場。
働く女性スタッフは少なく、亜弥チーフは
マンションギャラリーのオープン中には、
ずっと受付に立ち、そこからstaffに指示
を出す。
予約客のお出迎えは、茉由たち接客担当、
エントランスホールに一列に並び、
お客様のお約束のお時間、20分前からお待
ちする。
ここでは、10時、13時、15時の時間枠を
設定し、各枠には2組ほどの予約を入れて
いた。
毎回、自分が担当になっていなくても、女
性staffは全員勢揃いして、お客様を、
お迎えする。だから、もし、お客様がおひ
とりでご来場になれば、VIP感は、かなり
ある。
そんな、静かな空間の中、茉由がチーフの
指示を待つために、エントランスホールで
受付に向かい一定の距離を空け、待機する
と、
その受付には、チーフと高井がいつも並ん
で立っている。
高井は茉由に見せつける。
この、上品な、小さくまとめられた受付の
ブースに並ぶ二人の距離は近い。
チーフの右側に高井はくっ付き、チーフは、
カウンター上の受付表に、ペンを動かす手
も動かしにくいほどの様子だった。
そして、共に同じ、上品な、穏やかな、表
情を、二人は揃えている。とても良い雰囲
気だ。
高井のこんな穏やかな貌を、茉由は今まで、
目にしたことが無かった。
ここはとても静かな空間、そんな中、二人
の会話は、共に声が抑えられ、少し離れた
茉由には、全く聞こえない。
時折、亜弥チーフは少し、はにかみ、高井
は、口角を上げる。高井の眼差しは、柔ら
かく、
正統な紳士的なものだった。
マンションギャラリーに来場者がいない時、
控えの事務室では、島状に並べられた「長」
が座る席には、高井が着く。
チーフは、それも、当たり前の様に譲り、
その、斜向かいに着く。
茉由は、一番離れた席に着く。
もう、何も、心配はいらないのに。
ここでの高井は、亜弥チーフ以外の者とは
直接は話さない。「外野」のstaffから話し
かけられると、爽やかな営業スマイルで
対応するが、いつも聞き手に廻り、微笑み
ながら肯くだけだった。
それも、茉由の知らない高井だった。茉由
も、高井に未だに話しかけてはいない。そ
れでも、何も困らない。
違和感も、不自然さも、不慣れなことも全
くない。
それが本当の高井の姿の様に思えてきた。
ここでは、毎日、高井はそうだった。
茉由は、日に日に、モヤモヤ感が強くなる。
どうして、高井は茉由に近づかないのだろ
う。もう、佐々木はいないのに。
けれど、茉由は不思議と、この光景に馴染
んでしまった。茉由は、高井に妬きもちは
やかなかった。亜弥チーフにも嫉妬をしな
かった。
むしろ、この時は、なぜか、「それならばそ
れで良いじゃない」などと、思っていた。
茉由は、高井が怖くて、従っていただけで、
高井にドキドキしたこともない。
だから、この様になっても、茉由には、
同期たちが、この会社にいてくれれば、
さほど、困った状態にはなっていなかった。
高井は、茉由のそれも、分かっていたのか、
まだ、茉由が知らないところでも、高井は
茉由を追い詰めていた。 ―
茉由の知る、高井は、気難しい男、
いろんな顔を持ち、突然、単純な、鈍感な
茉由には理解できない事も起こす。
このときは、茉由が亜弥に妬きもちをやか
なかったので、それに気が済まなかったの
か、高井は、本当に、亜弥と結婚し、それ
だけではなく、茉由の大切な同期の咲と、
梨沙に、(結奈にも)「事」が起きて
しまった。
…亜弥さんも、同じ本社にいるし、まさか、
また、違う「お気に入り」、を、つくら
ないよね…
…それに、関西のマンションギャラリーの
狭かったコピー室とは違い、ここは本社で、
人も、多いから、ゼンゼン、環境が違って
コピー室も広いし、
なかなか、「二人っきり」
の空間にはなりにくいし…
「 う~ん 」
…分からないけれど…
茉由は、また、頭の中が、グジャグジャし
ている。
そう…、未だ分からない、
マリンは、頻繁にコピー室に往くこと以外
は、ゴクゴク、普通。
「 茉由さん、
こちらには慣れましたか?
ここは、女性だけの職場ですし、
私達は、そんなに、
ベテランでもないので…」
「 茉由さんは、焦らずに、
しばらく、私の
仕事を見ていてください...」
「 はい、ありがとうございます...」
「 まだ、
始まったばかりですから…」
マリンは、なにか、含ませた言い方?営業
用スマイル?それとも、すなおな気持ち?
とても爽やかな、大人な対応だ。
「 ありがとうございます...」
茉由は、何も言い返せない?
物分かりが悪い?…
茉由も、営業用スマイル?で返す。
マリンは、「責任者」として、張り切って、
ここの仕事に取り組んでいる…
確かに、茉由は、即戦力にはなれない。
でも、いつも、茉由が、そう、しなくても、
いつの間にか、しっかり者が、茉由の近く
に集まってきて、保護者?のようになる…
茉由の周りには、高井を筆頭に、高井の妻
で、茉由の元上司でもある、いまは、同じ
本社の広報に居る亜弥もしっかり者だし、
同期の、咲も、梨沙も、佐々木も、佐藤も、
茉由の母も、夫も、お兄ちゃんも…、ここ
の、staff達だって…
茉由は頑張っても…
なぜか、空回りしてしまって、
結局、
周囲に、迷惑を掛けたり、
誰かに助けてもらう事が多い…
たぶん、これは、これからも…、
本人の意思にかかわらず、
そう、なる事が多いかもしれない…
それに、今回、これに、
マリンも加わった。
茉由の周りには、「強い」者が多い、
茉由は、スグに、従ってしまう。
それは、そうでも、
また…、
物分かりが悪い茉由は、
自分のdeskに居ても、
「その、すぐ、前方にもあるから」
また、
cameraを確認してしまう…
さっき、
高井に注意されたばかりなのに、
…こんなに、
目立って、あちこちにあると、
気になるから...
この、cameraは、ドーム型。
黒い半球体の中に隠れていて、
どこを向いているのかは
分からない。
今日も、テカテカに…、
不気味に光って?
そいつは、動かずに、
この研修会場の、そこに、
あそこに、
そっちにも、こっちにも
あっちにも、ある。
これは、遠隔監視ができる。が、
それも、
PCだけではなく、スマホでも可能。
だから、高井は、自分のdeskから、
ここの様子が監視できるだけではなく、
移動中も、スマホからでも確認できる、
高井が、
マリンと?コピー室に居る?
時も、
高井からは、ここに居る、
茉由の行動が確認できる。
茉由は、
自分の立ち位置が分からなくなる。
「 妬きもち?…
私、そんな気持ちに
なるのかなぁ…、
でも、私、勝手に、
一方的に、GMに、
『視られている』ことが
嫌なんだよね…」
茉由は、気になる。
ここは、高井が新しく設置した部署。
なにもかも、ここでの事は、
高井が決められる。
たとえ、茉由がここの責任者でも…
「 …ダメか 」
朝、注意をしたばかりなのに、また、
茉由がcameraを気にしていること
を確認した高井は、行動を起こす。
高井はちゃんと分かっていた、
本社に来てから、そろそろ、
茉由にストレスが溜まっている頃
「だろう」との事を…
それは、茉由には突然だった。
まだ、仕事が始まったばかりの
「9:30」
高井は、茉由を外に出すために、
動く。
高井は、
営業本部の出入り口に静かに進む
と、NRとホワイトボードに記し、
席を離れた。
そのまま、
すぐ下の、研修会場に貌を出す。
「 おい! 茉由君、チョッと...」
急に、茉由の職場に高井は登場する。
こんなに突然現れる高井だが、高井は、
cameraで、茉由が着席しているのを
知っていたから…、
でも、
茉由には、高井の動きが分からない
ので、突然の事だった。
「 あっ! お疲れ様です... 」
茉由は慌てて席を立つと、
通路で待つ高井の処へ進む。
でも茉由だって、考えていた。
高井が、
cameraでここを監視するのならば、
自分も、
deskに座ったまま、ここの管理者として、
「防犯上?」のcameraのチェックができ
る様にしてもらおうと…
そんな事を考えている時に、高井が登場し
たので、茉由も、高井の呼び出しに素直に
応じた。
でも…
「 おい!横浜方面に行くぞ!」
「 はい?横浜ですか?」
「 あぁ…NRだ!」
…えっ?
『 うそ‼ 』
茉由は、この鶴の一声で、自分で何を
言おうとしていたのか「忘れた」。
茉由はスグに気分が変わる。
頭のなかは、もう、「横浜」だった…
思わず、ここのstaff達からしてみたら、
気持ち悪いほどのニヤケ顔で振り返り、
皆に、シッカり伝言する。
「スミマセン、皆さん…
私、外に出て戻りませんので、
よろしくお願い致します」
これに、deskに着席していた、
マリンがすぐに反応し確認する。
「 どちらへ… 」
これに、高井が答える。
「 茉由君の着任挨拶に、
『協力業者廻り』だ、
今日は、NRだが、大丈夫か?」
マリンは、スグに、
PCで、scheduleを確認する。
「 はい、大丈夫です。
業者は、どちらですか?
私から、訪問の件、
連絡を入れておきますか?」
「 いや、
俺から入れるから善い 」
「 かしこまりました 」
マリンと高井のやり取りはとても
スムーズだ。
マリンはきちんとしている。
「 往ってらっしゃいませ 」
「 往ってらっしゃいませ 」
「 往ってらっしゃいませ 」
「 往ってらっしゃいませ 」
「 往ってらっしゃいませ 」
「 あぁ~、それと…、
今日は、協力業者に、
こちらがお邪魔するのだから、
俺と茉由君の、
スマホは鳴らすな!
先方に合わせていて、
こちらの都合では、
デレナイカラナ 」
「 それと…、
NRでここには戻らないが、
急ぎの件は、タブレットに…、
まぁ...、
車に置きっぱなしで、
スグに対応はできないが…、
マリン? そう…、上の、
課長たちにも伝えておけ... 」
「 はい、
かしこまりました。
お伝えします 」
マリンは上のfloor、営業本部にメールを
入れた。
営業担当の高井は「抜け道」を知っている。
だから、こんなにアッサリ、話しを纏める。
これで、今日一日、高井と茉由は、仕事か
ら離れられる事になる。
茉由は、ここの責任者なのに、外出の準備
を急ぎ、周りの事を見ない。
それに…
茉由はもう、cameraのことは、
頭の中から飛んでしまい、ただ、
ウキウキ気分で高井について行く。
横浜へのドライブ?校外授業?気分で、
高井について行く。
…横浜に行ける!横浜が好き‼育った町か
らも近いから良く往くし、今までも、落ち
込んだりしたら、山下公園で海を眺めて、
気分をスッキリさせたりもしていたし…、
…横浜って、Opera House とHarbour
Bridge 、The Rocks、Darling Harbour、
そんな、
Sidneyとちょっと似ている気がする…
…海の上からも観られることが、考えられ
ているところ、ガイドブックに必ず載って
いる町、歴史的趣がある建物と、現代的な
建物、賑やかな商業施設が、道を挟んです
ぐ隣り合わせ、こんなカンジは…、
ほかでも…、
San Franciscoは、
Golden Gate Bridge、China town、
Oracle Park、The Yard...、
Fisherman's Wharfでは、美味しそうな、
カニが、ビックリするくらい、ワイルドに、
山盛りになってテーブルに出てきて、
スゴイ!インパクトで、手も出せないくら
いで、私、ゼンゼン食べれなかったけど…
でも…、坂道が多い町は…、
だから…、横浜!と、Sydney!
あ~、高井が「横浜」なんて言ったから…
茉由はドンドン勝手に気分がアガッテいる。
高井の車の助手席で、仕事の事は全く頭に
なく、怖い高井の横でも、緊張することも
なく、だらしなく、ニヤニヤしながら、
動く外の景色を楽しみ、ルンルンで、活き
活きとしてきた。
なんだか、もうすでに、ゼンゼン、
ストレスが溜まっている様には見えない…
…横浜で、break time💛 赤レンガの、
パイ専門店で、GMも居るから、
それぞれ頼んだパイをshareしながら…
高井が黙って車を運転しているので、
車の中では、茉由は、好き勝手に、
今日のプランを考えている。
こんなこと、実現できないのに。
どうせ、高井は、何でも一人で
決めてしまうのだから…
実は、今日は、高井は、三浦半島へ向けて
高速を走っている。「業者廻り」は口だけ
の事、茉由が、ストレスが溜まって、これ
以上、おかしくならない様に、気分転換に
引きずり出したのだが、
高井だって、新GMの身分。本社では、ま
だ、張り詰めた毎日で、息がつまる。今日
は、自分も気分を変えたかった。
だから、茉由には、面倒くさいから「横浜」
といっただけで、実際は、ドライブを楽し
むために、もう少し、遠出を、と考えてい
る。どうせ茉由には高速道路なんて分から
ないから、説明もしない。
本社を出て、神奈川方面へ進み、首都高速
湾岸線で、横浜ベイブリッジを渡る。
茉由は、車から見える景色を確認し、ドン
ドン、デート気分になっていく、ビジネス
スーツを着て居なければ、もっと、上半身
を動かし、キョロキョロしていた。それほ
ど、横浜港町は茉由の好きな町。
…横浜は、市庁舎の移転で、町の様子も
変わるけれど、変わってほしくないもの、
港の近くにはたくさんあるなぁ…
有名な「横浜3塔」の、明治~大正~昭和
初期の建物巡りも、何度も来ているし。
これは、
有名で好きな人も多いと思うけれど…
まぁ…、今日は、車だけど…、運転してい
るわけじゃないから、チャンとみられるし
GMもこの辺分かってるし、楽しみ…
なんて、
勝手に茉由は思っているが、
…ほら…、GMも楽しそう…
高井は、相変わらず、無表情で、黙ったま
ま車を走らせている。いつもの事。車の中
は、高井の好みの香りが充満し、高井の好
きな曲が流されている。だから、茉由には
何も、分からないはず…
…あ~!「エース」のドーム、旧横浜正金
銀行本店もみておきたいなぁー。
あの威厳ある外観には、ウットリする。
とても上品で、気品があるってカンジ…、
横浜と聞いただけで、
茉由が勝手に盛り上がっている中、高井は
ドンドンスピードを上げて、ゼンゼン車を
止める気配はない。
エッ?…、
横浜じゃないの...
横須賀?あれ?
GM?
どこ行くの?
高井の運転する車は、横須賀に入ると、国
道を進み…、京急長沢駅付近で、いったん、
高井は車を止めて、少し考えている。
結局、高井は、
このまま進んで、城ケ島へ行くのかと思っ
たら、ここで曲がり、上へ上へとあがって
いく。だんだん、道は細くなり…
見晴らしがよい緩やかな斜面には、広々と、
もう、
かなり大きくなった姿を見せている、
ふっくらとした葉っぱのキャベツの畑が広
がって…
ここは…、観光農園?…
「🍓」のマーク?
「えっ?」茉由はキョトンとした。
高井は車を止めると、さっさと先に降りて、
ビニールハウスへ向かう。
『 いちご狩り?』
「えぇ~!」あまりにも意外。
茉由は、驚いて固まってしまい、
車から降りられないほど、
...だって!
高井が、「いちご狩り?」なんて、
あまりにも似合わない!
『 おい‼ 』
少し進んだ先から、車に向かって、
高井が怒鳴る。
「 ハイ!」
慌てて茉由は車から飛び出した。
でもでも、
どうしたって、高井に「イチゴ」は…。
高井が「イチゴ」、高井は「イチゴ」
を食べる?
ゼッタイに、ニ・ア・ワ・ナイ!
だって、
コロンって可愛くて、甘い、イチゴなのに、
あの!ビジネススーツの、革靴で、
オールバックの、45歳の、
ニヒリストの高井が…、
見晴らしの良い、遠くに海まで見渡せる、
小高い斜面の、田園風景、ここは…、
一面に広がる、キャベツ畑の中の、
細い道路の先にある...、
ビニールハウスで…
そこで、高井が…、強面の、
180センチ越えの、デッカイ、
高井が…
ビジネススーツのまま…
いちご棚の前でシャガンデ…
「 イチゴ 」を齧る?
ゼッタイに、
ニアワナイ…
でも、茉由は…
「💛 ダイスキ 💛」
実は…
茉由は、初めて❣
「いちご狩り」に来たことが無いから、
茉由は、ゼンゼン、ピュア!
いま、
気持ちと態度は、
まるで、小学生の遠足?になる。
「スゴク‼ うれしいですぅ💛」
『 ウフッ❣ 』
ウルウル目で、高井をみつめる。
高井は…、
「 …… 」表情を変えない。
い・ち・ご・は、「 苺 」だから…
でも、茉由は、もう…
絵本の中の、独りの世界…
もう、「💛イ💛チ💛ゴ💛」で
頭の中ががいっぱい!
もし、着ている服がビジネススーツでなか
ったら、ゼッタイに、上手くできないけれ
ど、スキップしている…
ここは、三浦半島、小高い山の、観光農
園。三浦半島は、海だけではなく、大根、
みかん、のイメージはあるけれど、実は
「 いちご狩り 」もできる。それを、
茉由は知らなかったが、ここの駐車場には、
バスも入れるみたいだから、知られている
事なのかもしれない。それでも、高井が知
っていたのはやっぱり、意外。
高井は、城ケ島にはよく来る。東京からこ
こまでくれば、気分はずいぶんと変わる。
だから、気分を変えるために一人でも、
ドライブでもよく来る。
その途中に、観光農園があるのも知ってい
て、今日、ここに来たのは、やはり、茉由
のため。
茉由は、きっと、城ケ島での磯遊びよりも、
「 苺 」だと考えた。
今日は、茉由の気分を変えるために来たの
だから、「しょうがない 」
本当は…、
城ケ島の方ならば、岩場では、吹き付ける
海風と、打ち寄せる波に、たぶん、茉由は
怖がり、それに、岩場だし…、
きっと、茉由は、ドンクサく、歩くのにも、
必死で高井にしがみついてくるだろうから、
高井としては、楽しかった、前回の、横浜
中華街の人混みの中での時と同じように、
茉由を何度も「抱きしめる」チャンスにな
るのだし...、磯遊びの方が良いのだが…、
今日は、茉由のストレス発散を目的にして
いるのだから、「しようがない」。
「 しようがない… 」
高井は、妥協した。
それでも、二人は楽しかった…。
高井と茉由、この、「二人」は、
初めて、楽しそうな
「 一緒の姿 」を、
お互いの、スマホに残した。
決められた時間の中で、
不器用な茉由は、真剣に、慎重に、
そっと、イチゴを摘まんでみる。
「 うれしいぃ~💛」
「……」
高井は、そんな…、子供の様な無邪気に
喜ぶ茉由をみつめて、癒される…。
高井は、キャラを変えずに、自分は、
苺を食べなかった。
ビニールハウス内では、茉由の後ろにピッ
タリとついて離れない。自分は、腕を後ろ
に組み、苺には手を伸ばさなかった。
高井は、ただ、寄り添い、茉由を見守りな
がら楽しんでいる。
それは…、
「動物園」で、お目当ての、自分の好きな
「動物」の前で、いつまでも、眺めてしま
ったりするのと一緒で、
高井は、
茉由が、驚いたり、喜んだり、楽しんでい
るところを見て、癒され、それを楽しんで
いる。
だから、高井は、
茉由に話しかける事もなく、邪魔もせずに、
茉由の好き勝手にさせて、
自分は苺を食べなくても、
この時間を、チャンと十分に楽しんでいた。
茉由だから、高井を、癒して、あげられる。
『 もしも、茉由が、
こんな高井の気持ちを、
分かっていたなら、
あの時、
cameraの前で、
他の男性と、
あんな事はしなかった...』
かもしれない...
そして、
こんな楽しい時間に終わりが来る。
左手に、全神経を集中させて、イチゴの採
り方をやっと覚え、頭を左右に振りながら、
分かりやすく、ワクワク気分を出しまくっ
ている茉由に向かって、
高井は、思い出したように、重くなりすぎ
ないように、サラッと云った。
「 おい…、
気分は変えられたのか?」
「 はい?」
「 おまえ、仕事中なのに、
cameraを気にしすぎだぞ... 」
「 そうですか? でも... 」
「 いいから!まずは、
あそこでの仕事を覚えろ… 」
「 …はい 」
茉由は高井と向かい合ったが顔を上げられ
ない。高井の大きくて広い胸の前で、
イチゴを咥えたままシュンとする。
口の中は、甘酸っぱくて、幸せ気分だった
のに、耳から入ってきた、「 現実 」、
ビニールハウスの中なのに、イチゴたちの
前なのに、「上司」から、当たり前の事を言
われたことに、茉由は、情けない気持ちだ
った。
新しい仕事に変わったのだから…、
確かに、先ずは、「仕事を覚える」こと、
だった…
茉由は、急に、大人の自分に戻された。
茉由は大人しくなった。ビジネススーツに
似合う所作をする。
いちご狩りを終え、ビニールハウスから出
ると、ベンチに座り、パンプスに着いた土
を落として、ユックリ立ち上がろうとした、
でも…、その、瞬間…、
いつの間にか、茉由の前に立ち塞がってい
た高井はそのまま、茉由の背中とひざ裏に
腕を回して、引き寄せながら抱き上げる。
「 キャッ!」
高井は、表情を変えずに、そんな事もサラ
ッとしてしまう。
でも…、この時、茉由は、
佐藤の事が、一瞬、頭の中に出てくる…。
この会社は、男優位の処がある。それは、
男たちが、「男っぽい」ということ。
茉由の周りには、強い男が居る。
備品庫に閉じ込めた茉由を、抱きかかえた
まま家まで、佐藤も茉由を歩かせなかった。
でも、茉由は、高井をみつめたまま、スグ
に、佐藤の事を頭の中から消してしまう。
抱きあげられた茉由は、高井が、「上司だか
ら」キョトンとしたが、表情を変えない高
井に安心し、無言のまま、両腕を高井の首
に回し、高井の首筋に自分の額を寄せた。
ムスクの香りと「肌の温もり」が
茉由には感じられる。
茉由のまなざしのすぐ先には、
高井の大きな喉仏が「男」をアピール
している。
高井は、
茉由の額が、自分の首筋のあたるように、
ゆっくりと、ちょうど良い角度で顎をあげ
た。でも、表情は変わらない。険しくもな
く、穏やかそうでもなく、無表情で、
どんな気分なのかも分かりづらい。
いま、額が高井の首筋にあたっているのだ
から、茉由の顔は、高井の顎の下に隠れて
いる。だから、茉由の貌は、他の人からは
見えなくなる。
茉由は、高井だけのモノになる。
高井は、それに満足する。
見事な大きいキャベツたちが目を引く、緑
多い畑をバックに、高井は、茉由を、車ま
で運び、助手席に座らせた。茉由には、
外を歩かせなかった。
再び、
茉由の靴に、「 土 」が、
つかないように。
ここは、小高い丘の斜面いっぱいに畑が広
がる、海まで見渡せる眺望もよい、そんな、
田園風景の中、ビジネススーツに身を包ん
だ二人が、こんな、派手なことをしたら、
かなり目立つが、
今日は、あまり人が多くなく、それに…、
この二人は、細身の長身で手足が長く、
スタイリッシュで、容姿が美しく…、
だから、実は、こんな事が、とても、
「様になってしまう」ので、
べつに…、ここに居るよそ様に気兼ねし、
二人だけの世界を作らなくても、なんだか、
嫌味もなく、そのまま「絵になってしまう」
高井は、もうなにも茉由に話しかけない。
黙ったまま、車のエンジンをかけ、静かに
ここから離れた。
帰り道は、往きと違って渋滞に巻き込まれ
たので、もう、あたりはすっかり暗くなっ
てしまっていたが、いつもの、仕事帰りの
時間と、さほど、変わらない時間に、茉由
の自宅前まで、ちゃんと高井は送り届けた。
「 お疲れ様でございました 」
「 あぁ~、」
いちご狩りに単純に喜び、お腹の中も、
頭の中も、イチゴ、だけだったのに…、
急に、上司の貌の、高井に諭された茉由は、
一瞬で気分が下がったが、それでも、高井
にお姫様抱っこをされて、また、甘やかさ
れてしまうと、
まぁ…、素直に、云われたことも、聞き入
れられる。茉由は、単純なので…
自宅まで送られ、高井から離れ、車を降り
ても…、まだ、諭されたことが頭に残り、
恥ずかしい気持ちから、そそくさと家に帰
ろうとすると…
「 あれ?また…、あの車? 」
このところ、茉由の家の前には、同じ、
白いセダンが一台、停まっている…
「 なんで...」
でも、茉由は何も確かめずに、そのまま家
へ入って行った。
高井は、茉由を降ろすと、本社へ戻った。
今朝は、NRと、ホワイトボードには記し
たが、今日中にやらなければいけない仕事
を片付けるために。
…本気で好きなヤツとは、
少し、距離があった方が、
うまく、いくんだ、ぞ…
高井は、茉由に、
自分の気持ちを、
伝えない。
営業本部には、まだ残って仕事を
続けている者たちもいる。
高井は、部長席にドカッ!と座ると、
何事もなく仕事を始めた。
「 あっ、部長!
お疲れ様でございます 」
近くの社員が声をかける。
「 あぁ... 」
高井は、無表情のまま、
表情を変えない。
このときには…
着任の挨拶廻り(いちご狩り)から現実に
戻った茉由は、次の日から、心を入れ替え
て、仕事に集中する。
今日は、ガンバッテ、cameraを意識せずに、
仕事だけに集中してみる。
「 いいから!まずは、
あそこでの仕事を覚えろ…」
そう、高井に云われた言葉は忘れない。
茉由は、いちご狩りの思い出にとっておい
た高井と一緒の写真をスマホで確認して、
気合を入れる。
茉由は、異動後、ようやく、張り切りだし
た…。
研修会場の今日は、ちょうど良く、動きが
あって、展示用の、システムキッチンの、
新商品が出たので、旧タイプとの、入れ替
え工事がある。
これは、設置過程で、細かな部材も確かめ
られ、納まりの勉強にもなるし…、
いいチャンス!マンションギャラリーで働
いていた茉由は、いつも完成品のシステム
キッチンしか見たことが無かったので興味
もある。
茉由は張り切って、作業の立会いに、
展示boothで、一日、張り付いていた。
こんなときは、職人さんも忙しいのに…、
茉由は、自分の勉強のために、時間も気に
しながら、動かす「手」に集中したい職人
さんを煩わせ、質問攻めに合わせている。
「…この、コンロは、
ガスなのに、まるで、
IHみたいですね… 」
「そうなんです…、
着火も、トップで、
タッチするだけだし…、
センサーもついていて、
洋服の袖などが、火に近づくと、
自動消火になるんです…」
「そうですネ...、これ、
トッププレートが
フラットフェイスで、
トップのガラスも、
より、強化が増して…」
こんなにも、真剣な、キビキビとした
仕事っぷりの茉由、
イイカンジになってきた?
茉由だって、やる気になれば、
ちゃんと、できる!
はずが…
『 …違うだろ 』
営業本部の部長席で、野太い声が、
大きな、デスクトップのPC画面に
ぶつけられた。
また、茉由の空回り?から、
面倒くさい展開になってしまう…。
そんなやる気を見せた茉由を、
高井は、モニターチェックしていたようで、
皆から離れたまま、男性の職人さんと、
狭いboothで二人っきりで、いつまでも、
話し込む? 茉由に不機嫌になり、
なにも知らない、マリンを内線で、
困らせる。
女性だけの職場には無かった、凄みのある
野太い男の怒鳴り声、それが、deskの上
に広がっていく、
『 おい‼ 茉由君は!』
「 はい? GM? あっ…、
お疲れ様でございます!
茉由さんは、
システムキッチンの入れ替え
工事の立会いで… 」
『 あぁ~? なぜ!
茉由君が立会ってるんだ‼
新商品入れ替え工事の、
作業確認の立会いは、
結奈の仕事だろ‼ 』
固定電話の受話器からは、ハンズフリーに
しなくても、ボリュームがありすぎて、
音割れした声が漏れている。
そこに居た、staff達は、皆、席で固まり、
その、上司の怒鳴り声に集中した。
マリンは、果敢にも、ちゃんと、云うべき
ことを言う。
「 すみません!茉由さんは、
新しい商品を覚えるためにと、
おっしゃっていたので... 」
高井はマリンに怒鳴りつけて、茉由に、不
機嫌さを気付かせようとする?でも、この
電話近くに居ない茉由は気づかないし…、
高井だって、それを知っているはずなのに、
怒鳴り声を聞かされた、まだ、高井をあま
り、よくは、知らない結奈は、ここに居る
ので、なんだか、間に入ってしまって、
オドオドする。
結奈だって、ここの仕事に、まだ、慣れて
いないのに、「また」、高井の怖い面を思い
知らされてしまった…
マリンがキチンと高井に対応し、
状況を、うったえても、
高井には、効かない
「GM」の、
低い声は、
効き目がある。
『 分からないのか!
あいつは、作業の、
邪魔になっているだろ!
結奈と代えろ‼ 』
「 はい…失礼致しました、
すぐに、結奈さんを往かせます 」
内線電話が一方的に切られると、その剣幕
にたじろいだマリンは焦り、すぐに、結奈
に茉由の処へ往くようにと指示を出した。
固まっていた結奈は走り出し、
職人さんの横で、メモを片手に、タブレッ
トでも写真を撮り続けている茉由に駆け寄
り、状況を説明した。
「そうなの?…」
茉由は「直接」、自分が、怒られなかった事
に、胸が痛む…
「 結奈さん、
じゃぁ、お願いします 」
茉由はそこに結奈を残し、退散した。
茉由は、自分のdeskに戻ると、開口一番、
部下に謝る。
「 マリンさん、スミマセン、
私、知らなくて… 」
「 いえ、茉由さんが立会っても、
ゼンゼン、イイと、
思う、ん、です、ケレド… 」
「 スミマセン… 」
茉由は、固まっているstaff達に改めて
頭を下げてから、deskに着く。
「 フゥ… 」
…GMが、「仕事を覚えろ」って言ったから、
頑張ったつもりなのに…
茉由は、自分のdeskに戻ると、「いちご狩
り」の時の高井の言葉を思い出して、頭の
中で、自分なりに確認したが…、
「 間違っていないよね... 」
ため息交じりの声が出た。
茉由は、タブレットに入れた写真を確かめ
ながら、新商品のセールスポイントを、接
客で活かすために、資料として纏める作業
を始め乍らも、やはり、なんだか、腑に落
ちない。
頭が半分しか動かない。
茉由は、顔を伏せたままでも、ここのstaff
に気づかいをする。
…GMが、気分を害して、感情的になると厄
介なのは、私は分かっているけれど、ここ
娘たちは、そんな、GMの事、どこまで分
かっているんだろう…
本当に、高井は、簡単じゃない。それに、
平気で周りを巻き込む。
以前に、佐々木が同期の茉由を守るために、
高井にほんの少しの暴言を吐いた時だって、
― 佐々木は賢いが、真っ直ぐな性格。
いつもスグに結論を出したがり、
相手には、
ストレートにぶつけてしまう。
「 あー、リーダー、
お疲れ様です。でも、
チョッと、密着すんの、
止めてくれます?
そいつ、俺の、ですから!」
これだって、言い放った、佐々木と、茉由
だけの事だったのに…
これでもかってくらいに、茉由の同期の咲
や(結奈も)、梨沙まで巻き込んで、大変だ
ったこともある。
それを知っている茉由は、「苦しく」なる。
あの時は…
―
この、内覧会では、茉由が、仕事をしてい
るマンションギャラリーとは、全く違う
高井がいた。
高井はここで、お客様には営業用の顔をし
ているが、staffに見せる貌は、その表情
は険しく、「鮫」のような、真っ黒な鋭い
目力で、
挨拶も含め、高井に話しかけようとする者
を、どんな話しかを聞く前から睨みつけ、
けっして、容易く自分の正面には立たせな
い。
自分が視ようとするものが見えるところに
立っているのだから、邪魔だと云わんばか
りに。
それでも、どうしても、しなければならな
い、必要な話をする者がくると、その者に
対し、高井は不気味に目を細め、上目遣い
に「圧」を出し、
了承をする時には、「良し」と一語で応え
るか「ウン」と肯くのではなく「ン!」と
無表情のまま顎も、唇すらも動かさないで
返事を返した。また、できない事には
「否」と、不機嫌に応えた。
こんな中、咲が可愛がっていた、後輩の、
結奈は、お客様をお迎えする際に、白手袋
を着用するのを忘れ、ことも有ろうか、エ
ントランスで仁王立ちする高井に、その姿
が見られてしまう。
これも、咲には些細な事のように最初は思
っていた。
結奈が、何にも触れる前、このエントラン
スホールから出る前に、それに気づけば、
大丈夫だと思ってしまった。
エントランスホールで、スタンバイしてい
る咲の前を、まだ、何も手を動かしてはい
ない結奈が通り過ぎるタイミングで、その
動きが大きくならない様に、そっと声を掛
けて気づかせた。
これにはお客様も、さほど違和感はない
ことだった。
けれど、次の日、
結奈は、現場から外されていた。
朝礼の後、咲はスタッフから「結奈は、リ
ーダーの前で失敗をしたようだ」と報告を
受けた。
咲はこの現場で、アテンドの責任者だった
が、営業部ではなかったので、
この内覧会では、ここを仕切る営業から、
指示を受ける立場だった。
だから、この結奈の処分も事後報告だった。
結奈は社員ではなかったので、自宅待機に
なれば、彼女の収入は減ることになる。
これには、咲は、さすがに黙ってはいられ
なかった。
「 何故ですか? なぜ、
結奈は外されたんですか!」
咲は、高井に咬みついた。これに、
高井は表情を変えない。
「 君は、
茉由君の同期だったか? 」
全くかみ合わない返事をした。
「 何を仰っているのですか? 」
咲は怪訝そうな顔になる。高井は「否」と
だけ応えた。高井の重い圧がある沈黙は続
いた。咲は、そこから退くしかなかった。
咲は、必要以上に傷ついてしまった結奈を、
慰める電話しか、できなかった。結奈の入
れる現場を急いで探し、二日後に、現場の
状況を確認し、結奈に付き添い、送り込ん
だ。
咲は、高井が何かしても、この
「 高井を如何することもできない 」
と、思い知らされた。
すると、急に、茉由のことが心配になって
きた。このような厳しすぎる処分をした高
井の、その、なにかしらの怒りは、もしか
したら、茉由に向かっているのかもしれな
いと思った。だから、自分が「同期」かと、
尋ねられたのだろうかと。 ―
連絡を受けた茉由は、きっと、佐々木のあ
の、一言があったからと、スグに結びつけ
たが、佐々木には心配を掛けたくはなかっ
たので、知らせなかった。 でも...、
高井は、咲と梨沙の「事」の後、
咲の上司と、梨沙の上司に、話をつける。
咲は、内覧会の、
責任者のポジションから外され、
後輩の結奈を見守れなくなったし、
建設部のdeskから
離れられなくなってしまった。
梨沙は、仕事を長期休んで、
自宅に引き籠るほどの「大事」の後、
さらに、
管理する担当物件は40件と、
仕事量も、元々、いっぱいだったのに、
元部下の責任を取らされ、
部下の担当だった、15件も加えられ、
毎日が、時間に追われることになったし。
女性だけ、条件の厳しい、社宅に入るよう
に、梨沙の上司から言われ、常に、管理さ
れるようになってしまって、
仕事が増やされた梨沙の帰宅時間は、
管理が厳しい社宅の門限の時間ギリギリ
だし、仕事仲間との酒の席もなくなり、
とても窮屈になった。
梨沙はなぜ、こんなことに…
―
梨沙は、酒に強いと思っていた。
そのうち、傷の消毒にも酒を使うのではと
思われるくらい、梨沙の身近に、酒の席が
ある。
梨沙は係長になっており、数名の部下がい
る。その者に対して、勿論、昼間の勤務中
に出す指示は、
社から、ワザワザ、外に場を設けて話をす
ることはないが、
梨沙は仕事量が多すぎて、昼間、手が回ら
なかった、部下の案件に承認印を押印する
ことや、当日中でなければ困る、
指示待ちの部下には、時間外でも対応する。
それがたとえ、酒の場であっても。
梨沙は身軽なシングルなので、一日の終わ
りに腹が減れば、本社近くに、居場所を
見つけ、仕事帰りに、ほぼ毎日、その店に
通った。
それが続けば、部下も、梨沙に用があれば、
その店に来るようになる。
その店は、本社近くであった為か、それと
も、また、何かしらの思惑があったのか、
高井も顔を出す店だった。
けれど、意外にも、ここでの高井は紳士的
に過ごしている。
これだって、たぶん、本社から近いことが
あってのことだろう。
ここで、何か問題を起こせは、本社にも知
られてしまうかもしれないとのことまで、
きっと、高井は考えている。
この店では、高井は深酒をしないが、梨沙
は、そのメンバーによっては、酔いつぶれ
るまで飲むことも有った。
そこはまだ、梨沙の足りないところだろう。
先日、この店でいつものように、いい気分
になるまで梨沙が酒を飲み続けていると、
そこへ、梨沙の部下の、まだ、威勢の良い、
入社3年目の男子社員が合流した。
この日は、彼一人だけが梨沙を訪ねてこの
店に来ていた。梨沙と、二人だけになりた
かったのだろうか、それとも、二人だと分
かったからそうなったのだろうか、
まだ、若いその社員は、酒を飲みながら、
日ごろの仕事の愚痴を梨沙にぶつけてきた。
「 なんで、俺、
こんなことまで、
できないんですかね~ 」
「 あれ?
聞いてますかァ~、
お~い、
聴こえますかァ~××× 」
酒が弱いのだろうか、次第に、ろれつも
回らなくなってきた。
この会社は、男優位のところがある。
この社員は、まだ、3年目なのに、そうし
たことももう、分かっていたのか、係長の
梨沙に、酔った勢いで、覆いかぶさるなど
絡みだした。
「 良いじゃないですか~、
梨沙ちゃん! 」
もう、係長としてではなく、ただの女とし
ての扱いだった。
梨沙は、すでに酔っていた。
だから、この場で、梨沙も、ちゃんとした
対応が、できていなかった。
酔った勢いで、力任せに梨沙に絡みつくこ
の社員を、思いっきり、払いのけてしまっ
た。
梨沙は身体が小さく、思いっきり払いのけ
ても、男なら十分に堪えることができる、
ハズだった。
でも、
この社員は、カウンターのエッジに額をぶ
つけ、そのせいで、裂傷もし、酒も入って
いたので、血の巡りも良くなっていたのか、
かなり流血した。
梨沙は身体が小さく、この男子社員を支え
られない。
結局、店の人に救急車を呼ばれてしまう。
高井は、この時にもこの店にいた。
「 店の人の対応は
間違ってはいなかった。
騒ぎを起こしたのは、
この男子社員だった 」
そう高井は判断した。
この社員はそのまま入院し、入院中の5日
目、自己都合で退社した。すべて、郵送で
手続きされた。
梨沙は会社から処分されなかった。
この男子社員からも、
自分が酔っぱらって、頭をぶつけた、
事故だったと伝えられた。
梨沙は、責任を感じた。
自分が確りしていれば、このようなことは
起こらなかったのに。
自分が、本社近くで、社員が立ち寄れるこ
の店に通わなければ、
この店で、仕事の続きをするようなことを
暗黙の了解にしなければ、
このようなことも起きなかったと、
猛省した。
いまさら、反省してもしょうがない。
梨沙は、高井の前で、社会人として失態を
さらしたと自覚した。
梨沙は、自分が処分されなかったことに、
苦しみを感じた。生殺しの様に、この会社
に残されたように感じた。 ―
これを、その時に店にいた高井は、
「事が起きる前に止める」事もできたのに
そう、しなかった。
こんなに、
高井が厄介な男だと、茉由はもっと、理解
しなければいけないのに、「いちご狩り」
で優しくされて、思いあがっていたのか
油断してしまった。
…私がGMの気分を害したのなら、私に直
接、云ってきたらいいのに、なんで、皆を
巻き込むの?ほんと、ヤダ…
茉由は、deskに居ても、皆の方が視られな
い。いま、皆が、GMの事を怖がったこと
は分かっていても、上手く、説明ができな
い。
とうとう…
ここに居るstaff達は、いつも穏やかだっ
た、紳士的だった高井の、違う面を知って
しまった…
…また、
皆を巻き込みたくはナイケレド…
ここの、重苦しい空気を、茉由は変えてあ
げる事ができなかった。自分が原因だと分
かっていても…
…GMの考えている、『防犯』って…
「 分からない… 」
…もう、あんなに気にしていた、ここにあ
る、cameraを見る気にもなれない…、
「 ヤダ!視たくない… 」
「 あっ、痛っ!」
茉由は頬をおさえた。
なんだか、また、親知らずが痛い、
力なく、フワフワしたまま、今日の仕事を
終わらせた茉由は、帰り支度をはじめ、
通勤バッグからスマホを取り出した。
夫の事も相変わらず、警戒している茉由は、
家の中の事も気になっていて、そのために、
母からの連絡があったのかも気になるとこ
ろだった。
だから、
仕事から離れると、スマホのチェックを
さっそく始めたが、
そこには、意外なメッセージが…、
関西に居る、
佐藤からのメッセージが入っていた。
『 茉由、おまえ、
電車通勤じゃなかったのか?』
…なんだろ…これ…
『 なんで? 』
茉由はすぐにメッセージを出してみたが、
佐藤からは、なにも返ってはこない。
でも…この日、も…、
茉由は、職場でのドタバタに落ち込み、
親知らずも痛いし、帰り道は真っすぐ駅に
向かい、スグに電車に乗った。
親知らずが痛み出すと、頬が、また、腫れ
るかもしれない。
茉由は、電車を降りると、
ドラッグストアにだけはよって、冷却剤ジ
ェルシートを買うと、痛みと、熱っぽさに
我慢できずに、シートを頬に貼り、自宅に
向かって歩き出す。
そのまま、家の手前まで来ると…、
「 あれ?また…、あの車?」
白いセダンは、特別な色ではないが、
やはり、気になってくると、目立つ車の色。
このところ、茉由が仕事から帰ってきた時
や、朝、出勤のために、外に出ると、同じ?
この車が停まっている…。
「 翔太?」
茉由は、メッセージの事も気になり、車に
近づいてみる…
…違う人?…
運転席には、見知らぬ人、30代くらいの、
男の人が乗っている。茉由が近づいても、
前を向いたまま、車を動かさないで、
そのまま停車していた。
茉由は、見知らぬ人が乗っていたので、
何も見なかったようにそこから離れ、
自宅に入っていった。
「 翔太は、関西だよね…
なんで、電車通勤の事
尋ねたの?
なんで…」
茉由は、「いちご狩りの日」に、
高井に車で送ってもらったことを
忘れてる?
その時、誰に、見られていたのか…
それに、高井と茉由のスマホに残された、
二人一緒の、いちご狩りの写真は…、
この、二人のいちご狩りの次の日…、
朝の出勤前の忙しい時間。亜弥は、
高井の
ワイシャツの写真を撮ってから、
急ぎ、
マンションのフロントへ向かった。
「 スミマセン、
クリーニングをお願いします。
このワイシャツの、襟の、
染み抜きもお願いします 」
亜弥は、クリーニングに出すワイシャツを
フロントのカウンターに出した。フロント
サービスの、コンシェルジュに、念のため、
ワイシャツの「シミ」の確認をしてもらう。
「 はい、それでは、
こちらのワイシャツには、
『シミ抜きの』指示を
出しておきます。
ご利用ありがとうございます 」
コンシェルジュの女性は、深くは尋ねない。
亜弥にお辞儀をしてから、受付伝票の控え
を渡した。
その伝票には、
とても重要な、
【 日 付 】と
【 Yシャツ 1点 】
【 シミ抜き 1ヶ所 (右襟 口紅) 】
と記されていた。
亜弥は、笑顔で伝票を受け取り、
そのまま
会社へ出勤のため、駅に向かった。
賢い亜弥は、いったい、
なにを考えたのか...
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