第1話 流星の追想 

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第1話 流星の追想 

 深雪とシロ、海の三人が東雲探偵事務所の屋上でバーベキュー・パーティーを催してから二週間が経った。  いよいよ本日、囚人護送船(よもつひらさか)が新たな囚人を乗せて《監獄都市》へと入港する。  予定では午後二時に入港すると聞いているが、今は午後四時を回っているから、早ければ新たに収監された《囚人》が街中にやってくる頃合いだ。  そのせいか街中を行き交う人々は極端に少なく、何らかの用事で出歩かざるを得ない者もどこか緊張し、ピリピリした雰囲気を漂わせている。気の立ったゴースト同士による衝突も、すでに何件か起きていると聞く。  そのため赤神流星をはじめとする東雲探偵事務所の《死刑執行人(リーパー)》たちは《監獄都市》を巡回し、抗争を鎮圧して回っていた。  とは言え、《死刑執行人(リーパー)》が《新八洲特区》や《東京中華街》に足を踏み入れるわけにはいかない。行動範囲はあくまで《中立地帯》の中だけだ。  流星としても何も知らずに突然、この街に放り込まれたゴーストたちを守ってやりたい気持ちはあるものの、《死刑執行人(リーパー)》にできることには限りがある。  《休戦協定》によって、いずれの勢力も新たに収監された囚人を一定期間、組織に勧誘してはならないと定められている。その条項が《アラハバキ》や《レッド=ドラゴン》によって守られることを祈るしかない。  その二大勢力は今のところは大人しくしているようで、流星たちが鎮圧した抗争も《中立地帯》のゴーストが起こしたものばかりだ。かといって、決して油断はできないが。  流星は軽く息を吐き出しつつ周囲をぐるりと見渡した。東京駅にほど近い、瓦礫が一面に広がる地帯だ。もう少し東京港の近くまで移動するべきか。  そんなことを考えていると、流星は不意に背後から声をかけられた。 「ああ、ちょっと! そこの頭の赤いお兄さん!」  何事かと振り返ってみると、中高年と見られる男女五人が流星を取り囲んでいた。こちらが戸惑うほど無邪気な笑顔と、狙ってくれと言わんばかりの無防備な服装。まるで観光客のようだ。ひと目で外から来た人間だと分かる。 「ああ、はい。何でしょう?」  流星が反射的に営業スマイルを浮かべて答えると、観光客然とした中高年たちは安堵したような顔をして一斉に口を開いた。 「僕たちね、この街に送られてきた……えーとあれだ。いわゆるゴーストってやつなんだけど」 「初めてのことばかりで何も分からなくてね。ずいぶん物騒な街だと聞いたけど……どこに行ったらいいのかな?」 「ホントもう来てみたらびっくりよ。どこもかしこも瓦礫だらけ! 残っている建物もずいぶん古いし……」 「ほら、あたしたちもう齢でしょう? 物騒なところはちょっとねえ……」  《監獄都市》は情報面においても閉ざされており、新しい囚人たちが街の地理はおろか勢力図についても、何ひとつ知らないことは珍しくない。 「――旧都庁の周辺は比較的、治安がいいですよ。あとは《壁》の周辺ですね。杉並・世田谷方面がおすすめです」  こういった質問に慣れている流星は、彼らに手際よく説明してみせる。ところが中高年たちは不思議そうに目を瞬くのだった。 「《壁》……?」 「《壁》って何のことなの?」 (……そこからかい)   《監獄都市》―――旧首都東京は二十年近く前に打ち棄てられた街だ。外界では街の名前ごと忌避され、忘れ去られている。だから中部以南の地方出身者には《関東大外殻》の存在すら知らない者も多い。目の前の中高年たちも、そういう手合いなのだろう。  流星が《関東大外殻》のことをかい摘んで説明すると、中高年たちはますます驚いたように目を瞬いた。 「へえ……街をぐるりと囲んでいる《壁》ねえ。まるで刑務所のようだ。だからこの街は《監獄都市》と呼ばれているんだね」 「でも困ったなあ……僕たち旧都庁がどこにあるのかも知らないし、その……ナントカ方面? ってのもまったく分からないんだよ」 「私は東京に来たことはあるけど、何せ二十年前のことだからねえ。それからすぐに首都が移転しちゃったから、土地勘なんてさっぱりなのよ」 「そうですか。端末はお持ちですか?」  流星が尋ねると、上品そうな女性が腕の端末を差し出してきた。 「持ってるわよ。でも、この街に入った途端、アプリが使えなくなっちゃったのよね。電話も全然、通じないし」 「《監獄都市》の中だけで使える無料アプリがありますよ。もちろん地図アプリもダウンロードできます」 「あら、本当?」  流星は中高年の男女の端末に、それぞれアプリをダウンロードするのを手伝う。そして地図アプリを起動させて逐一、場所を指し示しながら、改めて旧都庁や《関東大外殻》の周辺がいかに治安が整っているかを説明する。  中高年の男女はようやく得心したようで、相談するように互いに視線を交わす。 「それじゃ、とりあえず旧都庁へ行ってみようか」 「ああ、良かった……ありがとうね、お兄さん。髪が赤いし、怖そうな人かと思ったけど……聞いてみて良かったよ」 「そうそう。《監獄都市》はかなり怖い街だと聞いていたから、どうしようかと思っていたけど、親切な人もいるのね……安心したわ」 「……。いえいえ、どういたしまして」  流星はひらひらと片手を振りつつ、内心で独りごちる。 (えらく呑気だな。大丈夫か……? そんなノリじゃ、この先苦労するぞ……)  もっとも彼らは高齢だから、アニムスを使って悪事を働く体力も無いだろう。脅威になり得ないという点では安心だが、この街は高齢者にとってあまりにも過酷なのも事実だ。それを思うと流星は気の毒でならない。  だが、彼らがこれほど悠長(ゆうちょう)なのは理由がある。今回の《よもつひらさか》の入港は、あまりにも静かすぎるのだ。  前回―――雨宮深雪が《監獄都市》にやって来た時は無差別殺人事件が起こり、それはそれで異常だったが、これだけ静かなのも逆に薄気味が悪い。  《監獄都市》には信じ難い陰惨な事件や、たくさんの犠牲者を生む災害レベルの事件が起きた後、ふと何も起こらない凪のような時期が訪れることがある。 (……あの時も、こんなふうに静かだった)
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