第4話 シロを呼ぶ謎の声

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第4話 シロを呼ぶ謎の声

 その後、深雪は流星やシロと共に《アルコバレーノ》を襲撃した犯人の行方を追ったものの、目立った成果は得られなかった。  そもそも襲撃犯はアニムスを使わず、ゴーストかどうかも定かではない。手掛かりは深雪の容姿と似ているという点のみで、捜査はまったくと言っていいほど(はかど)らなかった。  日が暮れ、深雪たちが東雲探偵事務所に戻ると、奈落とオリヴィエ、そして神狼の姿があった。彼らもちょうど事務所に戻ったところだったらしく、一階の廊下でばったりと鉢合わせる。 「おう、先に戻ってたのかお前ら」  流星が声をかけると、一番手前にいたオリヴィエが、にこりとほほ笑んだ。 「ええ。お疲れ様です、流星」 「深雪とシロも、お疲レ」 「ああ、お疲れ」 「……」  深雪は片手を上げて神狼(シェンラン)に答えたが、シロはその声が聞こえていないかのように、どこかうわの空だ。神狼もシロの異変に気づいたらしく、怪訝(けげん)そうな顔をする。 「シロ、元気が無いナ。何かあったのカ?」 「うん……ちょっとね」  深雪も捜査の間ずっと元気が無いシロのことが気になっていたが、如何せん、まるきり事情が呑み込めていないのだ。神狼に説明したくとも説明のしようが無いため、曖昧に答えるしかないのだった。  流星はオリヴィエに巡回の首尾(しゅび)を尋ねる。 「そっちはどうだった?」 「ええ、おおむね問題ありませんでしたよ。新しい囚人が《中立地帯》のゴーストと揉め事を起こしている現場にも遭遇しましたが、我々の姿を見た途端、みな悲鳴をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました」 「それって……」  深雪はちらっと奈落へ視線を送った。 (主に奈落が原因なんじゃ……?)  奈落はオリヴィエの遠回しな嫌味や、深雪のジトッとした視線もどこ吹く風で、ふてぶてしく煙草を吸っている。手元の携帯灰皿を使っているだけマシだが、どうせなら事務所の外で吸えばいいのにと思ってしまう。  どうやら深雪の推測が図星だったらしく、奈落はフンと鼻を鳴らす。 「俺は自分の仕事をまっとうしているだけだ。何か問題あるか?」  それに反論したのはオリヴィエだった。奈落の不遜すぎる態度に腹を()えかねていたのだろう。ここぞとばかりにまくし立てる。 「問題ありまくりでしょう! 新しい囚人の中には行くべき場所が分からず、右往左往(うおうさおう)している人々もいるはず……そのように手助けが必要な人や困っている人まで、あなたは容赦なく蹴散らしてしまうじゃありませんか!」 「言いがかりだ。俺は何もしていない。連中が勝手に逃げていくんだ」 「あなたは自分の顔を直に見ることができないから、そんなのん気な事を言っていられるのですよ! 《監獄都市》で、このような恐ろしい目つきをした男に出会ったら、誰だって恐怖と絶望に襲われ、逃げ出すに決まっています。あなたは少しでも彼らの胸中を想像したことがありますか? おお、迷える子羊たちよ、可哀想に……‼」  憐れみの眼差しで大仰に十字を切って見せるオリヴィエに、奈落は半眼で突っ込む。 「おい……ここまで顔面をなじられる俺は可哀想じゃないのか」 「あなたのは、ただの自業自得です!」  さすがにカチンときたのだろう。奈落は煙草の火を灰皿で揉み消すと、オリヴィエに挑発的な態度を向ける。 「笑顔と善意の押し売りで、他人のご機嫌を取ってばかりいるから違和感を抱くんだ。威嚇(いかく)も慣れれば自然と身につくようになる」 「それはライオンかヒグマの理屈ですね。重低音の声で唸るところなど、まさにそっくり!」 「いいから聞け。お前はいつも俺の面や素行に文句を垂れるが、被害者は俺の方だぞ」 「……それはどういう意味ですか?」  怪訝(けげん)そうに眉をひそめるオリヴィエの鼻先に、奈落は黒い皮手袋を嵌めた人差し指を、びしりと突きつける。 「お前が必要以上に愛想(あいそう)を振りまくから俺が悪目立(わるめだ)ちするんだ。《死刑執行人(リーパー)》に求められるのは愛想か? それとも威圧か? ……少し頭を働かせば分かるだろう」 「な……何が言いたいのですか?」 「お前はいつも俺に改善しろと説教を垂れるが、本来はお前が俺に寄せるべきだと言っているんだ」 「わ、私があなたに……!?」 「ああ、そうだ。俺の前では隠そうともしない、その性格と口の悪さを奴らの前でぶちまけてみろ。迷える子羊たちは心底びびりまくって、こう思うだろうよ。『この街には救いがない。神父でさえこんなに性格が歪んでいるんだ。この世の終わりだ!』ってな」  いや、そもそも奈落はオリヴィエの性格が歪んでいると言える立場なのか。その場にいる全員が内心で突っこんだが、オリヴィエはそれよりも奈落の話の続きが気になるらしい。 「それで……彼らはどうなるんですか?」  オリヴィエが尋ねると、奈落はニヤリと腹黒そうな笑みを見せる。 「どうもしやしねえよ。メシの種を探して、どこぞのチームに所属し、抗争に巻き込まれて呆気なく死ぬ。この街の日常だ」 「それじゃ意味がないじゃありませんか‼」 「それが現実だ。抗ったところで、それこそ意味はない」 「それを決めるのは、少なくともあなたではありません。この街には救済が必要なのです。現状を(かんが)みれば誰の目にも明らかでしょう!」 「救済? ハッ……笑わせる。そんな事をしてどうする? この世に神など存在しない。人はみな、なるようにしかならない」 「それがあなたの持論だと理解はしています。けれど自然に任せるしかないのであれば、それは動物の世界と同じです! あなたには人間に生まれた誇りは無いのですか!? 我々が人たり得ているのは、神への信仰と人々への愛があればこそですよ!」  奈落とオリヴィエの会話は怒涛(どとう)の勢いで混沌と不毛さを増していく。さすがにうんざりした流星が重い腰を上げ、ようやく二人の仲裁に入ったのだった。 「おーい、お前ら頭の痛くなるような話すんじゃねーよ。ただでさえ疲れてんだから……」 「前にも似たような話をしてたよね……?」  深雪が呆れてつぶやくと、神狼も心の底から迷惑そうな顔をする。 「……こいつら一日中、こんな調子ダ。傭兵がゴーストを豪快に追い払っテ、神父がブチギレる。今日はどうにか我慢できたガ、明日ハ正直、一緒に行動したくナイ……」 「大変だったな、神狼。よく耐えたよ。頑張った……!」  神狼は気の毒なくらいに疲れ切っていた。よほど、うんざりしたのだろう。深雪は心から同情して神狼の肩を叩いて慰めた。  そんな神狼を流星も苦笑いしてなだめる。 「将来的には二人一組のバディ制にしていくつもりだけど、今はもう少し様子見だな」  バディ制を導入したいのは山々だが、まだ未熟な深雪やシロを二人きりにしておけないのだろう。それを考えると申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。深雪にできるのは、とにかく経験を積むことだけだ。  事務所のメンバーが話をしている間もシロは会話に加わることもせず、静かなままだ。いつも天真爛漫で明るい彼女にはあり得ないことだ。  シロはメンバーの輪からそっと離れると、しょんぼりと肩を落としたまま2階への階段を上ってゆく。 「シロ……?」  深雪が心配して声をかけると、他のメンバーもみなシロへ視線を向ける。 「ごめんね、シロ……先に休むね」  シロは怪我をしているわけでも体調が悪いわけでもない。ただ、精神的にひどくショックを受けているようだ。いったい何がシロをこれほどまで強く揺さぶっているのだろう。  深雪はシロが心配でならなかったが、彼女は今は一人になりたがっているようにも見える。シロを追いかけるべきか否か。躊躇(ためら)う深雪のかわりに、流星がシロの背中に声をかけた。 「シロ、飯はちゃんと食えよ」 「……うん。ありがと、りゅーせい」  シロは流星や他のメンバーに力なく微笑むと、そのまま階段の踊り場を曲がって二階へと姿を消した。  オリヴィエは心配そうに口を開く。 「シロはどうしたのですか? あんなに元気がないなんて……彼女らしくありませんね」 「……俺にもよく分からないんだ。あさぎり警備会社の人達と《アルコバレーノ》の襲撃事件を調べていたら、突然走って行っちゃって……」 「突然……? 珍しいナ。シロが突発的に走り出すなんテ」  そう言って神狼も眉根を寄せる。シロの行動に違和感を抱いたのは深雪だけではないらしい。 「シロのことだから、きっと何か理由があるはずなんだ。俺……それとなくわけを聞いてみるよ」  シロがどうして元気がないのか分からないが、すぐに説明できることなら、とうに深雪や流星に打ち明けているはずだ。おそらくシロ自身も、気持ちの整理がついていないのかもしれない。今の彼女には落ち着いて考える時間が必要なのだろう。  今はシロをそっとしておこうと深雪は思うのだった。
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