第1話 流星の追想 

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 流星はかつて関東警視庁ゴースト対策部の機動装甲隊第一班に所属する警察官だった。その名の通り、ゴーストを制圧するための部署だ。  そもそもゴースト関連法の成立により、警察機構は《監獄都市》のゴーストに手を出すことは出来ない。ゴーストは人ではないので、逮捕することも裁くことも禁じられている。  とはいえ、ゴーストにまったく対処しないわけにもいかない。ゴーストが脅威であるのは事実で、彼らが国家権力に攻撃を仕かける可能性がある以上、何も備えないわけにはいかなかったのだ。  よって『警察機関及び関東収容区管理庁の自衛』という名目で、ゴーストに対抗する部隊が創設された。それが機動装甲隊だ。  機動装甲隊はアニムスを持たない普通の人間で構成されていたため、強化外骨格(パワードスーツ)が支給された。強化外骨格(パワードスーツ)に身を包み、国家に反抗的なゴーストを制圧するのが機動装甲隊の仕事だったのだ。  流星は日々、同僚たちとゴーストの制圧やその訓練に励み、いずれ任期が終わったら関東警視庁から実家のある長崎に転属される―――そのはずだった。  事件が起きたのは二年以上も前のことだ。  毎日のように派手な抗争が起きる《監獄都市》は当時も極めて危険な街で、流星たち機動装甲隊も目の回るような忙しさに追われていた。  それでも時おり、示し合わせたかのようにピタッと事件が途絶え、《アラハバキ》も《レッド=ドラゴン》も《中立地帯》も、すべてのゴーストが大人しくなる時期がある。その期間は決して長くは続かないのだが。  ともかく流星が同僚と束の間の平穏を満喫していた時に、あの事件は起きた。  関東警視庁ゴースト対策部の機動装甲隊第一班のうち、巡査部長と警部補を含む十二名が一度に殺害されたのだ。  犯人は機動装甲隊第一班に所属していた、流星の同僚だった男だ。  その同僚は、流星の目の前で仲間の警察官を一人ずつ銃で殺害していった。犯行に使用されたのは、関東警視庁では支給されていない殺傷能力の高い軍用の拳銃だった。その手際は鮮やかで、すべてが終わるまでわずか十分あまり。  流星は凶行に走った同僚を止めようとしたものの、足を撃たれて負傷してしまう。そのまま身動きもできず、仲間を助けることもできず、目の前の惨状をただ見ていることしかできなかった。  心臓を―――そして頭を的確に撃ち抜かれ、次々と倒れていく仲間たち。結局、生き残ったのは流星一人だった。  犯行に手を染めた同僚がどこに逃げたのか、同僚の目的は何だったのか、どうして自分だけが殺されずに生き残ったのか。何ひとつ分からないまま、気づけば治療を受け、ベッドの上に横たわっていた。  忘れたくとも忘れられない、凄惨極まりない事件だった。  ところが事件後、さらに奇妙なことが起きる。警視庁内の警察官は誰も、犯人である同僚のことを覚えていないと言うのだ。ほかの機動装甲隊や流星の上司に当たる警部や警視も、そんな人間はまったく覚えていないと言う。  仮に何らかの理由で犯人を忘れてしまったとしても、書類や警視庁のデータベースには犯人の名前が残っているはずだ。ところが、あらゆる資料や書類をかき集めても、そのような人物が関東警視庁に所属していたという痕跡が見つからない。  流星は何が起こっているのか理解できなかった。毎日顔を合わせ、言葉も交わしていた。時には一緒に食事をして冗談を言い合い、彼女や家族の写真を見せ合った。  そんな相手が突然、仲間の警察官を皆殺しにしたあげく、忽然(こつぜん)と姿を消したのに、誰ひとり『彼』のことを覚えていないと言う。  まるで夢か幻のように、存在そのものが消えてしまったのだ。  その常軌を逸した異様な事態に、流星は自分の頭がおかしくなってしまったのかと本気で疑ったほどだ。 (最初はワケが分からなかったが、しばらくして落ち着いてくると、俺はある可能性に思い至った。もしかすると『彼』はゴーストだったのではないか―――と)  流星は正気であり、嘘をついているわけでも幻覚を見たわけでもない。犯人は存在している。それは間違いないのだ。ならば『彼』はゴーストだったのではないか。流星は冷静になるにつれ、そう考えるようになった。  ゴーストの中には人間の記憶を操作できる者もいるという。もし凶行に及んだ同僚がゴーストであったなら、誰も『彼』のことを覚えていない異常な状況にも説明がつく。  ゴーストは法律上、警察官にはなれないが、文書の偽造は不可能ではないだろう。日常生活でアニムスを使わなければ、まさか警察官の中にゴーストが混じっているとは思わないし、仮にゴースト探知機に引っかかっても、記憶そのものを改ざんしてしまえばゴーストだとバレる心配もない。  だが、周囲の人間は流星の推測を理解してくれなかった。そもそも彼らは犯人の存在すら記憶に残っていないのだ。流星が虚言や妄言を繰り返していると判断するのも無理からぬことだった。  やがて警視庁は流星が犯人ではないかと疑いはじめた。第一班の生き残りは流星しかいないこと。流星が事件当時、犯行現場にいたこと。疑いが確信へと姿を変えるのに、さして時間はかからなかった。  赤神流星は犯行後、わざと自分の足を拳銃で撃って疑いの目を逸らし、妄言を口にして刑罰を免れようとしている。警察官でなくとも、誰もが同じような疑いを抱いたことだろう。  流星は身の潔白を訴えたものの、かつて身内と信じていた者たちの手によって留置場に拘束され、殺人罪で起訴されることになった。十二人もの警官を殺害した大量殺戮犯だ。殺したのが警察官だということを差し引いても極刑は確実だった。  ところが流星は逮捕された後、すぐ釈放されることとなる。理由は流星がゴーストになったからだ。  流星はいつ自分にアニムスが発現したのか、いつゴーストになったのか分からない。ただ自分がゴーストだとはっきり自覚するようになったのは、留置所にぶち込まれてからだ。  いつの間にか鉄格子で区切られた部屋に昼夜を問わず、黒い幽霊のような人影が現れるようになった。黒い幽霊たちは部屋をうろうろと歩き回ったり、じっと立ち尽くして流星を見下ろしていた。  だが、不思議と恐怖は感じなかった。彼らと一緒にいるうち、流星は自分の意志で黒い人影たちを操れることに気づいた。  人影は全部で十二体。ちょうど殺害された機動装甲隊第一班と同じ人数―――それが流星のアニムス、《レギオン》だった。
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