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釈放され、自由を得た流星は警察官の職を辞した。法律によってゴーストは警察官になれないし、殺人罪で起訴されかけた人間が警察官を続けられるはずがない。
だが、流星が警官を辞めた一番の目的は、仲間を殺した裏切者を見つけ出し、この手で殺すためだ。
犯人は逃亡して行方が分からないうえ、ゴーストである可能性が高く、接触した人間の記憶を奪うアニムスを保持している。たとえ犯人を見つけ出したとしても、誰も『彼』を裁くことはできない。
そう―――すべてを覚えている流星を除いては。
犯人を見つけ出し、彼の犯行―――十二人もの仲間を次々と射殺した責任を問えるのは、この世で流星だけなのだ。
流星が《死刑執行人》となったのは、復讐が目的だと言っていい。仇である同僚と戦い、ゴーストを殺す技術を身につけるため《死刑執行人》となったのだ。
(……俺がやらなければ奴は永遠に野放しだ。仲間を殺し、犯行をアニムスで偽ったうえで平然と幸せな人生を謳歌する―――そんなことは赦されない、絶対に赦されないんだ……!!)
流星のアニムス《レギオン》は機動装甲隊第一班とは何も関係が無いのかもしれない。だが真っ黒な人影が十二人、自分の目の前に現れた時、流星はこう思った。
第一班の仲間は悔しくて、口惜しくてならないのではないか。彼らは自分たちを殺した犯人を赦せず、その無念を訴えて流星の前に現れたのではないかと。
彼らは犯人が裁かれることを望んでいる。ゴースト関連法のせいでゴーストを裁くことが出来ないのなら、流星の手で直接、裁きを下すまでだ。
それはいつしか流星の中で生きる目的となり、使命となっていった。
流星が現役の警察官だった頃、警視庁で《死刑執行人》が忌み嫌われていることは知っていた。警察官の中には《死刑執行人》を悪しざまに言う者も多く、はっきり言って流星もあまり良い印象を抱いていなかった。
それでも流星が《死刑執行人》になったのは、仲間の仇を討ち、無念を晴らすためだ。
ところが犯人の行方はようとして知れなかった。
《死刑執行人》となった流星は東雲探偵事務所にスカウトされ、《監獄都市》のさまざまな勢力と接触していった。《中立地帯》はもとより《アラハバキ》や《レッド=ドラゴン》のゴーストを当たっていったが、犯人の痕跡は煙のように掴めない。
ここまで見つからなければ、犯人はもう《監獄都市》にはいないのかもしれない。そう思い至ったところで流星に打てる手など何もなかった。
ゴーストである流星は《監獄都市》から出ることもできず、犯人を捜しに行くこともできない。《監獄都市》に閉じ込められたまま、もう二度と犯人を見つけ出せないのではないか。そんな焦燥に駆られるたび、流星はもどかしくて堪らなかった。
その一方で、辛抱強く機会を待っていれば、いつか『彼』と再会できる。そんな予感も抱いていた。
(仲間を射殺していく際、奴は異常なほど手際が良かった。実戦経験の多い《監獄都市》で射撃訓練を受けた警察官が、誰ひとり反撃することができないほどに……それぐらい常軌を逸していた)
思い返してみると、犯人に関していくつか気づいたことがある。犯人はどこかで射撃訓練を受けていたのではないか。しかも銃器の扱いに長けた程度の生易しいものではない。テロ事件のような制圧ミッションを叩き込まれた軍事経験の豊富な動きだ。
まず最初に第一班の班長を狙撃し、命令系統を叩く。第一班が混乱した隙を突き、次々と残りの班員を射殺していく。口で言うのは簡単だが、実行するにはかなりの経験がいる。
警察官は突入や制圧の際、極力死者を出さぬよう訓練される。それは基本的にゴーストに対しても同じだ。だが元同僚には襲撃時、そういった配慮や躊躇が一切無かった。
『彼』は警察畑の人間ではないのではないか。国内で銃器の扱いに長けた、警察官でない職業。それだけでも、かなり絞り込める。
おまけに自分の痕跡を完全に消し去る手法にも違和感がある。記憶はアニムスで操れるのかもしれないが、公文書の偽造は一人で出来るものだろうか。そう考えると同僚には仲間がいた可能性がある。
そもそも犯人は何故、警視庁の機動装甲隊に所属していたのだろう。
犯人が機動装甲隊第一班を銃撃したのは、恨みつらみでもなければ、殺人への快楽からではない。ましてや精神的に追い詰められたからでもない。犯人である同僚が職場でトラブルを抱えていた記憶は無いし、何かあれば流星が覚えているはずだ。
犯人は終始、冷静だった。まるで事務処理を片付けるかのごとく、無表情に淡々と人を撃ち殺していった。それこそ怖気が走るほどに。
それらの情報を総合すると、犯人がたまたま機動装甲隊第一班に所属し、たまたま犯行を起こしたとは考えにくい。
犯人はおそらく何らかの組織に所属しており、何らかの目的があって機動装甲隊に潜入していたのではないか。そして、何らかの目的を遂行するために機動装甲隊第一班を皆殺しにしたのではないか。
そうであるなら、犯人が再び《監獄都市》にやって来る可能性は十分にあり得る。
(奴がもし本当にゴーストなら、必ずこの街にやって来る。何せ《監獄都市》はすべてのゴーストを集めて閉じ込めておくための檻なんだからな……!!)
流星が《死刑執行人》になったのは、《東京中華街》や《新八洲特区》に出入りできるという利点もあった。自由に行き来とまではいかないが、《死刑執行人》ではないゴーストとくらべると格段に融通は効く。
あの事件以降、流星は一度も犯人の姿を目にしていない。おそらく犯人は《壁》の外に逃げてしまったのだろう。ゴーストは《関東大外殻》を越えられないと言うが、一定の条件をクリアしたゴーストは《壁》を越えることが可能だと言う。それが何故なのかは流星も知らない。
もし犯人が《壁》の外にいるとしても、いずれ戻って来る可能性はあると思っている。犯人が私情ではなく、何らかの命令を受け、任務で機動装甲隊第一班を殲滅したのだとしたら。別の任務で再び《監獄都市》にやって来る可能性は高い。
ゴーストに対応できるのはゴーストだけだからだ。
(今回の《よもつひらさか》の入港は静かすぎる。そういう時こそ必ず何かが起こる。特にこの街では……な。油断は禁物だ)
二年前、機動装甲隊第一班が皆殺しにされた時も、気味が悪いほど《監獄都市》は静けさに包まれていた。この街は静かな時ほど恐ろしく、危険なのだ。何も起こらないからと言って、決して気を緩めてはならない。そんな油断が許されるほど甘い街ではないのだから。
流星がふと足音に気づいて振り向くと、事務所の後輩である深雪とシロの二人が、こちらに近づいてくるところだった。
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