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第2話 囚人護送船《よもつひらさか》の入港
囚人護送船が東京港に入港する。それを聞いた時、深雪は胸の辺りに苦い感情が湧き上がるのを抑えることが出来なかった。
深雪自身が《よもつひらさか》に乗せられ、この《監獄都市》にやって来たばかりの時の事を思い出したからだ。
(あれから半年以上経っているのか……何だかあっという間で実感が湧かないな……)
そう考えると、いろいろと感慨深いものがある。東雲探偵事務所に《死刑執行人(リーパー)》にならないかと誘われ、二番目の能力が発動するようになり、事務所のメンバーを含め、さまざまな人たちとの出会いがあった。《監獄都市》に来る前は考えられなかったことばかりだ。
ちなみに深雪は囚人護送船が入港する当日、シロや流星と行動を共にし、ゴーストの衝突を鎮静化させて回っていた。
この街は《関東大外殻》という長大な壁で外界と遮断されているが故に、外からやって来るゴーストと摩擦が起こりやすい。年に数度、囚人護送船が入港する時期は、摩擦と衝突が最も多く、激しい緊張に晒される。
そういった時こそ、深雪たち《死刑執行人
(リーパー)》の出番というわけだ。神狼や奈落、オリヴィエの三人は、深雪たちと別行動だが、《監獄都市》を巡回しているはずだ。
以前はこういった『武力衝突』の現場に、深雪は同行させてもらえなかった。時と場合によってはアニムスを使って戦うことが求められるからだ。
深雪は《監獄都市》にやって来た頃、アニムスを使って戦うことに恐怖にも似た抵抗があり、なかなか実戦に慣れることが出来なかった。今では多少抵抗も薄らいでいるが、やはり命を奪う事にも奪われる事にも、途轍もない恐怖や抵抗を感じる。
それでも流星に同行を許してもらえたのは、深雪のこれまでの働きを評価してくれたからだろう。それを思うと、少しずつ実力が認められている喜びが湧くと同時に、責任の重大さも感じる。
今のところ、それほど大きな衝突は起きていないが、ゴーストの抗争が高じて深刻な事態に陥った場合、深雪もアニムスを使わなければならなくなるだろう。それを思うと、少し気が重いのも事実だった。
ポケットの中には、いつものようにビー玉を忍ばせている。ビー玉に《ランドマイン》のアニムスを付着させ、物体を爆発させるというのが深雪の攻撃スタイルだ。しかし、できる事ならアニムスを使いたくないし、使わずに済むよう祈るばかりだった。
先ほど、さっそく《新しい囚人》と見られる中高年が街中に姿を現した。どうやらどこに行ったらいいのか分からないらしく、流星を捕まえてあれこれと質問を繰り出していた。流星はそういった事態に慣れているらしく、華麗かつ鮮やかな対応を返し、中高年たちを見送った。
それが終わるのを待ってから、深雪はシロと共に流星へと歩み寄っていく。
「……もしかして今の人達、《監獄都市》に初めて来た人たち?」
深雪が尋ねると、流星は爽やかな垂れ目に苦笑を浮かべ、少しだけ肩を竦めて見せた。
「そうらしいな。長閑なもんだよ。どっちかっつーと観光客みたいだな」
「そう……何か大変な事件に巻き込まれなきゃいいけど……」
「そうだな。けど、あまり過保護になってもな。《監獄都市》に収監されるのは、一人や二人じゃない。多い時は、五百人を超す時もある。あまり特定の人間に、付き添うわけにはいかねえからな」
流星の言うことは分かるし、多分、正論なのだろう。だが、深雪は自分が《監獄都市》に収監された時の状況を覚えているだけに、先ほどの中高年が可哀想でならなかった。
もちろん、この街の過酷さは、年寄りも若者も関係なく牙を剥く。だが若者であれば、まだ環境に適応できるだろう。先ほどの中高年が自分の置かれた境遇に絶望し、自暴自棄にならなければ良いがと、深雪は願わずにはいられなかった。
「新しいゴーストは、どれくらいやって来るんだろう?」
深雪がふと疑問を口にすると、軽快な機械音と共に、ウサギのマスコットが姿を現す。全長は十センチほど、二頭身のずんぐりとした体形の、立体ホログラムだ。
「マリアちゃん独自の情報網でゲットした情報によると、今回は百人前後だそうよ~ん!」
ウサギのマスコットこと、乙葉マリアが答えると、流星が補足するように付け加える。
「例年に比べると比較的少なめか。前回が多かったからな」
「俺がこの街に来た時だよね?」
「おまけに凶悪事件も発生したしなぁ。この街は非常事態が常態化してるが、さすがにあん時は稀に見る惨劇回だった」
流星たちと、過去の事件に関する話をすることは、これまであまり無かった。そんな余裕はどこにもなかったのだ。それだけ《監獄都市》が危険だという事であり、同時に今回の《よもつひらさか》の入港がひどく穏やかだという裏返しでもあった。
深雪は流星に再度、尋ねる。
「いつも、あんな感じなの?」
「まちまちだな。ただ、収監数が多い時は、揉め事も多くなる傾向がある。それを考えると、お前の回はいろいろと運が悪かったとしか言いようがないな」
「まあ……何となく、そうなんじゃないかって気はしてたよ……」
うっすらと遠い目をして答えると、流星は深雪の背中を軽く叩く。
「ははは、まあそうボヤくなって! 別に悪いことばかりじゃねえだろ。最初に強い刺激を受けておいた方が、鍛えられるっつーか……あとが楽じゃねーか?」
「どうだろう……その後も結構ハードな事件が続いて、楽なことはほとんど無かったような気がするんだけど……」
深雪が思い出せば出すほど、瞳が虚ろになってしまうのは何故だろう。見かねたシロが、両手を広げて深雪の前に立ちはだかり、流星に抗議した。
「やめて、りゅーせい! ユキを苛めちゃダメえぇぇ!」
「お、おう……悪かったって! よくよく考えたら、その後もゾンビ化した死体が出たり、東京・ジャック・ザ・リッパーの模倣犯が現れたり……言い逃れできねえレベルで、慌ただしさ全開の数か月だったな……」
深雪の時は、凶悪なゴーストのグループに拉致され、腹まで刺された。確かに今回の静けさを考えると、ついていないとしか言いようがない。
(その時に東雲探偵事務所に助けられて、その縁で仮採用されたんだから、本当に運が良かったのか悪かったのか分からないな……)
もっとも、東雲探偵事務所や《死刑執行人(リーパー)》に対する拒否感は、以前ほど感じなくなった。事務所のメンバーの事情も少しずつ分かってきたし、所長である六道の事も百パーセント賛同はできないが、彼が自分の命を削り、今は亡き仲間の死を無駄にしない為にと、自分の全てを捨てて《監獄都市》の秩序を守ろうとしている事を深雪は知っている。だから、最初に会った時のような無条件の強い反発や疑心はない。
《死刑執行人(リーパー)》を完全に正しい存在だと認めることは出来ないが、かと言って否定ばかりしても、何も解決しないという事に気づいたからだ。そんな事をしても、《監獄都市》は何一つ変わらない。
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