第2話 囚人護送船《よもつひらさか》の入港

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「ともかく、ただでさえ物騒で無秩序で、危険極まりない街なんだ。今回は何も無けりゃいいが……。ここ数日が平穏すぎて天国みたいだったからな」  流星の何気ない呟きに、深雪は思わず反応せずにはいられなかった。 「えっ……平穏って言っても抗争は後を絶たなかったし、死傷者も出てたよね……?」  普通であれば、とても平穏とは言い難い状況なのでは。深雪はそう感じたのだが、流星はわざとらしく邪悪な顔をする。 「くくく……深雪、楽しみにしておけ。お前も、あと一年したら分かるようになる。この街にいると、そういう感覚は絶望的なまでにズレまくって、完全におかしくなるってな!」 「い……嫌だ! 俺はそっち側の人間にはならないぞぉ‼」 「ふははは、抵抗しても無駄だぁぁー‼」  悲鳴をあげて逃げる深雪に、それを追う流星。シロとマリアは、そんな二人を生暖かい視線で見守る。 「ユキとりゅーせい、何だか楽しそうだね~」 「現実逃避でハイになってるだけでしょ。シロはああいうオトナになっちゃダメよー?」  別に現実逃避をしているつもりはないが、そう見えるなら、流星も緊張しているのかもしれないと深雪は思った。何も起こらなくても、無意識のうちに慎重に慎重を重ねてしまうのだ。現実逃避をしているように見えるのは、その反動なのだろう。  無理もない。《中立地帯》や《東京中華街》、《新八洲特区》などの勢力が存在することすら知らない無知なゴーストが、百人近くも《監獄都市》にやって来るのだ。  深雪が《監獄都市》にやって来た時も、勝手が分からず苦労した覚えがある。そんな状況下では、何も起こらない方が不思議なのだ。  その時、瓦礫野原の向こうに、角ばった人影が動いているのが目に入った。標準的な人の大きさよりもひと回り大きく、ロボットのようにも見える。立ち止まって目を凝らすと、傍に警察車両の赤い回転灯の光を放っているのも見えた。 「あれは……」 「……。関東警視庁ゴースト対策部の機動装甲隊だ。ああ見えて、高位ゴーストと渡り合えるくらいの機動力はある。普段は巡回には出ないんだが、こういった時期は例外で、ああやって《中立地帯》のゴーストに無言の圧力をかけているんだ。お前ら、大人しくしてろよ……ってな」  深雪の隣で立ち止った流星が、そう説明してくれる。ロボットだと思ったのは、強化外骨格(パワードスーツ)を身にまとった機動装甲隊だったのだ。 「詳しいんだね」  「俺も昔、あそこにいたからな」  深雪は、ハッとして流星の顔を見上げる。そう言えば流星は昔、警察官だったと聞いた。その所属先が機動装甲隊だったのだ。流星も以前は、強化外骨格(パワードスーツ)を着用して、ゴーストを制圧していたのだろう。 「……! そっか……ごめん、無神経だった」 「気にすんな、今は関係ない」  流星はそれだけ言うと、特に表情を変えることなく、踵を返す。  かつての職場の仲間――機動装甲隊を目の前にしているのだ。流星が何も思わないわけがない。だが流星は、胸の内を深雪の前で明かしたりはしなかった。相手が深雪だからと言うわけではなく、そもそも流星はあまり自分の事を事務所の皆の前で話したりしない。  深雪は流星の後姿を見つめつつ、かつてエニグマに教えられた情報を思い出していた。 (エニグマが言っていた。流星の部署の人は、流星以外みな死んだって……そして流星は、その犯人だと目されているんだ……)  それにも関わらず、流星が逮捕されなかったのは、ゴーストになったからだという。だが、深雪はその情報に違和感を抱いていた。 (流星は、俺が《ウロボロス》のメンバーを皆殺しにした張本人だって知った時、すごく怒ってた。そんな事をする奴の神経が信じられない、そんなのはそもそも仲間じゃないって……。本当に仲間を手にかけたのなら、そういう怒り方はしないんじゃないか……?)  もっとも、実際に何があったのかは深雪には分からない。今までの経験から察するに、尋ねても流星は話したがらないだろう。  マリアも妙なところで、個人情報の漏洩はきっちりと防ぐから、流星の了解がなければ教えてくれそうにない。エニグマから情報を買うことは出来るかもしれないが、《天国系薬物》を解決する際に接触して以降、あのクセの強い情報屋は深雪の前に姿を現さない。 (そういえばエニグマの奴……一体、どこで何をしているんだ……?)  深雪を散々、「あなたとは良い取引ができそうですねえ!」などと持ち上げておいて、実質は放置も同然だった。本当に、食えない相手だ。もっとも、エニグマが深雪に接触してくるのは困難な事件の時が多いので、接触が無いのはむしろ望ましい事かもしれないが。  やがて、先ほどの中高年を皮切りに、続々と新しく収監された人々が街中へ姿を現すようになった。老若男女、さまざまだが、突出して危険なゴーストや、極端な恐怖や緊張に晒されているゴーストはいない。  東京港からやって来たゴーストたちが《中立地帯》へ向かうのを見届けた頃には、既に日が暮れかけていた。流星は端末で時間を確認し、口を開く。 「……もうこんな時間か。深雪、シロ。一度、事務所に戻るか」 「はーい!」 「うん、分かった」  事務所に戻ると、流星はいつもの習慣通り、まっすぐに所長室へと向かった。六道に《よもつひらさか》の入港状況や《新たな囚人》たちの様子を報告するつもりなのだろう。  
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